仕事人間
メンバーと後援者が決まり、アービスのデビューに向けた準備が始動した。
エスタとエリオットは、執務室で会議をしていた。
「アービスのコンセプトは『今までにないアイドル』でいこうと思います!」
「いいですね。楽曲はこの方に頼むのはどうでしょう」
「賛成です。エリオットさん、アービス邸の改装はどうなりました?」
「はい。メンバー全員が住んでいるので、エスタさんの言う通りここに練習室を作る方向で動いています」
二人は立ち上がり、会話を続けながら執務室からリビングへと移動した。
「ここのリビングの一部と隣の部屋を壊す予定です」
「できればステージ位の広さがいいのですが……」
「広すぎでは?」
「フォーメーションの確認も出来るので利便性があるかと」
「なるほど。では庭を壊して増築しましょうか」
「可能であればお願いしたいです。床材と鏡はこちらの指定したものでいいですか? 講師の手配はどうなりました?」
「いいですよ。ダンスの先生は見つかりました。メイクは人気がつくまで専属は付けず自分達でやらせようと思ってます」
「わかりました」
「軌道に乗るまでは節約できるところは節約しないと。それでも最初はどなたかに教えを請わなければ。誰かいますかね」
「それなら私の友人で衣装メイクの専門家がいるので、格安で講師を頼めないか聞いてみます」
「助かります」
「市場のマーケティング結果ですがーー」
再び応接室に戻り、エリオットと共に衣装のデザインやアクセサリー、強化合宿の手配に至るまで、細かい確認とデビューまでのスケジュールを組んだ。
「すっごいねあの二人。俺達のこと全然見えてねーの」
リビングで寛ぐルルとリアン、廊下ですれ違ったカッシュと、ダイニングから休憩の声をかけたディーゴまで、見事に全員がスルーされた。
「若いのにあれだけ仕事が出来るってすごいよエスタは」
「かっこいいッス!」
「エリオットは元々仕事大好き人間だけど、ありゃエスタも相当だな~」
「ホップレにいた頃から一生懸命だった」
「へー。リアンてエスタに会ったことあんの?」
「……練習生だった頃に困ってるところを助けてもらった。彼女は覚えてないようだけど……」
リアンが顔を上げると、執務室からエスタが一人書類をもって出てくるところだった。
先程同様こちらに見向きもせず玄関へと直行してしまう。
「帰るみたいだね」
「リアン?」
リアンは立ち上がってエスタを追いかけた。
ルルはいぶかしんだ顔をし、カッシュは「お」とその背を見守り、ディーゴは首を傾げていた。
***
「エスタ」
リアンが声をかけると、キラキラと目を輝かせたエスタが振り返った。
太陽のような輝く笑顔を当てられて、なぜかリアンの顔が熱くなってしまう。
「どこか行くのか?」
「録画機能の付いた魔道具を買いに。ダンスの練習や動線を確認するのに役立つんです」
仕事が楽しくて仕方がないというように、エスタの声は弾んでいた。
その姿にリアンも笑みが溢れ、彼女の隣にピョンと跳ねて並んだ。
「付き合うよ」
「ありがとうございます。だけど路上ライブの下見もついでにしようと思ってて……」
「路上ライブ? 俺達の?」
「ええ。アービスのデビューは路上ライブを考えています」
「路上でデビューなんて聞いたことないな」
「フッフッフ。まさにそれが狙いです! アービスのコンセプトは『今までにないアイドル』ですから!」
得意気に笑みを浮かべるエスタ。
中流階級の住宅街から商業通りまでは歩いて30分ほどなので、二人は歩きながら話すことにした。
エスタはエリオットと共に、デビューの時期と場所を綿密に話し合ってきたという。
小さな商会で実績のないアイドルが、伝統あるコンサートホールを単独で借りるのは難しい。
では、小さな商会はアイドルをデビューさせる時にはどうしていたか?
ほとんどのグループが金を払い、大手事務所のコンサートに加えさせてもらうのだ。
しかしそれでは折角のデビューも、既存のアイドル人気に埋もれてしまうのが難点だった。
「路上ライブだと貴族は来ないんじゃないか?」
「言いたいことはわかります。アイドルのデビューは貴族人気を得てから大衆人気を得るのが王道のルートですから」
「それは貴族の支援なくては活動が困難だからだ」
しかしアービスには、メイテル侯爵という下級貴族が束になっても叶わない、資金も名声もトップクラスの後援者がすでについている。
「それなら他のアイドルとは違うことをして、先にインパクトを与えるのもありかと。今までにない、路上という場でパフォーマンスをする。市民が親しみやすい場所でお披露目することで、貴族が大手を振るう業界に不満を持っている層の支持を一気に獲得するんです」
「だがそれだと貴族の人気が陰るんじゃ?」
貴族ファンは捨てるのかと訊ねると、エスタは「いいえ」と答えた。
「路上ライブは知名度を上げる手段であって、どちらも等しく大切なファンであることに変わりません。アービスはファンを平等に扱います。そんなクリーンな活動をするアイドルを求めている貴族もいるはず。支持はあとから必ずついてきますよ」
エスタが言うには、貴族の中には業界をよく思っていない層が一定数いるという。
「例えば、妻の遊びを快く思っていない夫や、娘の不健全な支援を心配する親など。『アービスなら安心できる』『アービスなら間違いは起きない』と、配偶者や保護者側の信頼を得るのです」
「なるほど」
そうすれば自然と人気も付いてくるはず。
エスタの戦略に舌を巻いている間に、二人は最初の目的である魔道具の店に着いた。
「リアン? どうしました?」
「ん? いや、なんでもない。中に入ろう」
エスタを先に店に入れて、リアンは振り返った。同時に角で男が隠れたのを見逃さなかった。
アービス邸を出てからずっと、後ろを付いてくる男がいた。エスタは気づいていなかったが。
「……」
リアンは角をひと睨みしてから中にはいった。




