オーディション
「エスタの知り合い?」
「侯爵家?」
突然の貴族の訪問に、応接室には疑問と戸惑いが広がっていた。
「どういうことですか!?」
赤ちゃんの頃から面倒をみていた侯爵家の嫡男クリフトファー。
その彼が、何故かアイドルのオーディションにやって来た。
前代未聞のことにエスタの声も大きくなる。
「侯爵様は知っているのですか!?」
「もちろんだ。アイドルになる許可は取った」
「本当に!? あなた侯爵家の跡取りですよ!? 奥様には話しましたか!?」
「手紙を送ったはずだが」
「手紙!?」
そういえば、出かけにオットーが侯爵家から手紙が届いたと言っていた。
あの手紙かっ……!
「両親には4年前からアイドルになりたいと伝えていた」
「そんな前から!?」
「エスタが屋敷を出て行った時に、私もアイドルとして商会に属すつもりだった」
「無理でしょう!」
「ああ。あの時は私が十二歳と若すぎたのもあり、父から許可が降りなかった」
「いや若さ云々じゃなくてーー」
若さよりも問題は身分にある。それに、接待が横行している業界に、侯爵が大事な息子を入れるわけがないと、エスタは思った。
「というか、やっぱり侯爵様に反対されてるじゃないですか!」
「4年前はな。今回は『15歳になったからいいよ』って」
「まさかの若さだった……! いやもっと大きな問題があるはずでしょう!
エスタとクリフの不毛なやり取りを見て、エリオットが仲介に入った。
「侯爵家のご子息でしたか……。身分を偽って応募されては困ります。仮にアイドルになったとして、その後侯爵家はどうなさるおつもりですか? 後継者となる方がアイドルを続けられるとは思えません」
「そうですよ!」
「たしかに私はいずれ侯爵家を継ぐ身。貴族が平民の仕事をするのはよくないというのも知っている。だから父からは身分を隠すことと、3年間という期限付きでアイドル活動に身をおくことを許してもらった」
「3年ですって!?」
「貴族のご子息をアイドルにすることも問題ですが、中途半端に抜けられては困ります」
「そうですよ! デビューまで半年、同時進行で後援者探しをして、支援金が安定するまでさらに半年。そこから人気がつくまでに最短でも一年以上かかります。3年は実質1年です。無理です!」
クリフはエスタにとって主君であり、弟のような存在だ。平民がするような仕事をさせるわけにはいかなかった。
「私がグループに加入すれば、もれなく侯爵家が付随する」
「……へ?」
「父は僕とエスタが携わるなら侯爵家はアービスの後援者になると言ってくれた」
「後援者!?」
「侯爵家が!?」
「あのーそれって、すごいんすか……?」
「すごいに決まっているでしょう! 採用です!」
「エリオットさん!?」
アイドル活動をするうえで、貴族の後援は必須であり、最も難しい関門だ。
それが、デビュー前から上位貴族の後援者が付くとあれば、エリオットが懐柔されてしまうのも仕方なかった。
「……これ、まだオーディションですよね?」
こうなったらエスタが止めるしかない。
クリフ加入の条件が揃っている中で、納得のいく理由で落とさなければならない。
エスタはクリフの前に仁王立ちで立ちはだかった。
「アイドルには必要な素質があります。クリフ様に適正があるか、今から審査します!」
「フッ……臨むところだ。何をすればいい?」
クリフは仰け反って自信満々に応じた。
「まずは歌ってもらいましょう」
「わかった。幼少期から歌に触れる機会は多かった。ピアノやバイオリンを嗜んでいるが月に一度開かれるサロンではプロの歌手を呼んで私も演奏がてら口ずさみ、耳と心で」
「歌ってもらえますかー?」
「わかった。ん、んん~」
クリフは胸に手を当てて、声高らかに堂々と歌ってみせた。オペラを。
「ありがとうございます。クリフ様、残念ながらアイドルの歌声は貴族が好むオペラのような重厚な歌声ではないのです」
「そうなのか!? だが歌だけで決めるのはよくない」
「そうですね。ではダンスの実力をみせてください」
「わかった。ダンスは言わずもがな。幼少の頃からクラシック界の権威に師事し基本の型からみっちりと体に叩き込まれた。私がもっとも得意とする分野であり数々の舞台で披露した経験が」
「踊ってもらえますかー?」
「わかった。……見よ!」
クリフは両手を広げて背中を沿わせ、体に叩き込まれたというダンスの型で優雅に踊ってみせた。ワルツを。
「ありがとうございました。クリフ様、残念ながらファンが求めるアイドルのダンスは舞踏会ダンスではありません」
「そうなのか!?」
「お疲れさまでした~お帰りくださ~い」
「なに!? この私の格式高いスキルを持ってしても不合格と言うのか!」
「格式が高すぎたのが仇となりましたね」
「くぅ……! これはエスタが最初から否定的に見ているからだ! 歌もダンスもこれから練習する! 頼む! この先の可能性も含めて考え直してくれ!」
懇願するクリフに、エスタは聞こえない振りをした。
「クリフ君の言うとおり、歌もダンスも基礎が出来ているのですから十分です」
「ちょっ!」
「これはすでに変装をなさっておいでで?」
「秘薬で髪色と瞳の色を変えてある」
「なるほど」
「エリオットさん……。ちょーっと来てください?」
本人の意思も固く、侯爵家の許可も下りていて、雇う側の商会長まで許可してしまったなら、いちマネージャーのエスタだけでは止められない。
応接室にメンバー達を残し、二人は廊下で対峙した。
「メンバーに入れます」
「反対です」
長身のエリオットがエスタを見下ろす。
エスタも負けじと睨み上げた。
廊下にはピリッとした緊張感が漂った。
「僕も反対」
ドアが開き、ルルが廊下に出てきた。
「裏接待なしでトップを目指すって話だったよね。僕らに体売れってこと~?」
「! 待ってルル。それは違う。侯爵夫人は決してーー」
「侯爵家はまっさらなほど健全な貴族です。これまでにアイドルの後援者になったこともありませんし、後援している芸術家達にも正当な支援を施しています」
「そうなの?」
「我が子のように大事に育てた恩人の娘であるエスタさんが、ホットプレイン商会に入った時でさえ、裏接待を知って彼女を辞めさせようとしていました。商会からの度重なる後援の勧誘も断り続け圧力をかけていたくらいです。エスタさんも守られている感覚はあったかと」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
どうしてそんなに詳しいのか。エリオットが何故、エスタと侯爵家の関係を知っているのか。
エスタから話したことはないはずだ。
「カフェで侯爵夫人と親しくしていたので、調べさせてもらいました」
「聞いてくれたなら教えました。影で調べられるのは気分のいいものではありません」
「すみません。マネージャーを雇う上であなたの人となりも含めて調査する必要があった。それに、侯爵家も我々を調査した上で支援を申し出たと思いますよ」
「だから同じだと? しかしこれでは、はじめから私や侯爵家を狙っていたと思われても仕方がないのでは?」
「侯爵家に目を付けていたのは事実です。カフェで侯爵夫人と親しくするあなたを見て、これは使える駒だと思ったのも否定しません」
「駒って……」
「もちろんあなたが優秀で、権力に屈せず、アイドルを守り、元メンバーからの好意にもなびかない姿に好感を持ちました」
「好意?」
「その鈍さも好印象でしたね」
「? つまり、いずれは私を使って侯爵家の後ろ楯を得るつもりだったということですか?」
「はい。遅かれ早かれ、私はあなたを使って侯爵家の後援を勝ち取るつもりでした。まさかあちらから飛び込んで来てくれるとはおもいませんでした。ラッキーでしたね」
エスタを利用する気満々だったと正直に告げるエリオット。
笑顔で話す彼に何もおもしろくないと歯噛みした。
「エリオットはこういうやつだから」
ルルが頭の後ろで手を組んで囁いた。
「……クリフ様は孤児ではありませんよ」
「おやおや」
エリオットが意味深な視線を向けた。
「フッ。どうせ3年で辞めるんです。そこには目をつぶりましょう」
エスタの含みのある言葉にも動揺を見せないエリオットに、本当の意味で不気味さを抱いた。
「クリフ君を加入させます。正直、侯爵家や本人の体裁は私の知ったことではありません。商会とアービスにとって利点か、そうでないかしかない」
「侯爵家がクリーンなら僕はいいよ」
「後援者は必要不可欠です。適正を調べる手間も、探す手間も省けた。デビューが早まったのだからよしとしませんか?」
「……」
「私が信用ならないなら、あなたが守っておやりなさい」
「……そのつもりです。クリフ様も、メンバーも」
エリオットのほの暗い部分を感じ取ってはいても、ルルやリアンが信用を置いているのを見ると、問い詰めるのも尚早な気がする。
エスタの答えに満足したエリオットは、目を細くして柔和に笑い、応接室に戻った。
応接室に戻ると、なぜかリアンとクリフが取っ組み合いをしていた。
ディーゴとカッシュが二人をなだめている。
「彼女の生家は男爵家だ。馴れ馴れしく呼び捨てにするな!」
「エスタがいいって言ったんだ。お前に関係ないだろ!」
「お前だと!? 私を誰だと思ってーー」
「ストーップ!」
二人に加勢してエスタも止めに入った。
「クリフ様。メンバー間に身分差を持ち込んではなりません。アイドルになるのなら貴族のしきたりは忘れてください。出来ないのならアイドルをやっていくのは難しいです」
「む……、郷に従えということか。わかった」
クリフは素直にリアンから離れた。
「それで私は合格か? 彼らと一緒にアイドルになってもいいのか?」
「……はい」
「やっ」
「ただし! 身元がバレそうになったらすぐに辞めてもらいます。侯爵家に迷惑はかけられませんので」
「ったー! わかった!」
クリフは頬を紅潮させ、喜びのあまりエスタに抱きついた。
全身で嬉しさを表現する姿は年相応に見え、エスタも昔のようにクリフの背中を撫でてあげた。
エスタに抱きつくクリフをリアンが無言で引き剥がす。
「では正式にクリフトファー君をメンバーに迎えることにします」
「クリフと呼んでくれ。よろしく頼む。君達、やるからには一番を目指そう!」
「ッス頑張ります!」
「最年少の新入りが仕切るのやめてくれる~?」
「よろしくな」
「……」
仲直りをしようと手を差し出すクリフを、リアンが無視する。
見かねたカッシュが手を取って無理矢理握手をさせていた。
このメンバーをまとめていくのは一筋縄ではいかなそうだと、エスタも気合いを入れ直した。




