メンバーの観察日記
エスタが身支度を整えて階段を降りると、オットーが玄関で受け取ったばかりの手紙を差し出した。
「本邸から手紙が届いております。おや、お出かけですか?」
「そうなの。これからエリン商会へ行くので机に置いといてください」
「わかりました。行ってらっしゃい」
オットーに見送られて家を出る。
外は春の陽気が気持ちのいい天気だった。
エリオット達は、エスタの家から徒歩で15分の近い距離にあり、中流階級が住む住宅街に居を構えていた。
ベルを鳴らすとエリオットが出迎えてくれた。
「広い邸宅ですね」
「どうでしょう。私を含めた男5人で住んでいるので」
「おお……、それを聞くと」
「ハハハ、狭そうでしょう? では資料はこちらに」
エリオットの執務室に着くと、メンバーのプロフィールがかかれた資料を渡された。
ざっと目を通す。
「リアンは未成年なので保護者の同意が必要かと思うのですが、家族構成が空欄になってますね」
「リアンは孤児で私が後見人です」
「あ、そうなんですね」
エスタも両親とは死別しているので、リアンが孤児と聞いても特に大きな反応は示さなかった。
淡々とメンバーのことで質問をしたあと、二人は席を立った。
商会で仕事があるというエリオットを、今度はエスタが見送る。
「さて、最初の仕事にいきますか!」
エリオットから、マネージャー以外にもグループの売り出し戦略も任されたエスタ。
まずは今日一日、この家に暮らすメンバーと親睦を深める予定だ。
メンバーにはありのままの姿で自由に過ごすよう伝えていた。
その上で今後のアイドルとしての売り方を考えるつもりだ。
「わーエスタだぁ! にっこにこ~。エリオットから僕らを観察するって聞いてるよ~」
「こんにちはルル。観察ではなく親睦を深めに来たんですよ」
「物は言いよう~」
メンバー一人目。ガルゴドル(自称ルル。??歳)。
綿菓子のような癖毛の銀髪。灰色の縦に長い目。低身長で幼い顔立ちと舌っ足らずな声は庇護欲をかきたてる。天真爛漫で我儘。甘え上手で愛される存在。たまに毒を吐く。高音の透き通った声が特徴。
アイドルを目指す動機は『僕がかわいいから』。
自分の武器を理解して戦略的に動くことができる。
「そんな資料に殴り書きしてんの見たら観察って思うだろが……あ、にっこにこ~!」
『にこにこ』って口で言う人初めて見た。
「ルル、練習用の靴のサイズですが予備は記載より少し大きめにしましょうか」
「ん? なんで?」
「成長期だとすぐに大きくなりますよ」
「……エスタさぁ、俺のプロフィールちゃんと見た?」
「?」
エリオットから渡された資料を見ると、ルルはまさかのメンバー最年長だった。
「俺エスタの年上な~。成長期とっくに終わってっから~」
「み、見えない……! その年で可愛すぎるんですけど!?」
「知ってるぅ~。年齢非公表にしといてな~。にっこにこ~」
資料の備考欄に、『かわいい担当。小悪魔系』と書いておいた。
「お。我が家に子猫ちゃんが迷い込んでる」
「こんにちはカッシュ……ちょっ、なんで裸なんですか!?」
メンバー二人目。カッシュ(21歳)。
肩につく長さのパーマ毛のある赤髪。焦げ茶色の切れ長の目。スラリとした長い首と手足が特徴。冷静で包容力があり、メンバーのまとめ役。低音のハスキーボイスが特徴。過去に複数の女性と交際経験あり。
「下は履いてるのに顔真っ赤にしてかわいいな」
「口を閉じて今すぐ上を着て来てください!」
「ありのままの姿でってエスタが言ったんだろ? エスタが着せてくれるならすぐにでも着るけど。一緒に部屋行く?」
「カーッシュ!」
「怒った顔もかわいいな。だけど女の子は笑顔が一番だから素直に言うこと聞くわ」
艶めいた目で唇に指を当てるカッシュに、握り拳を見せて威嚇した。
「そういったサービスはファンだけにしてください! マネージャーに愛想を振り撒く必要はありません!」
「サービスって? 俺がエスタのいろんな顔を見たくてしているだけだよ」
「――っ」
女好きで遊び人だったカッシュ。アイドルになる上で女性関係はクリアにしたとエリオットは言っていたが、これでは疑わしい。
「本当にお付き合いしている女性とは別れたんですよね!?」
「俺ってそんなに信用ない?」
「信用云々関係なくマネージャーとして女性関係の確認と注意喚起は怠りません! 一人の軽率な行動ひとつでメンバーや関係者に迷惑をかけるんです。今のような舞台上以外での思わせぶりな態度は避けてください! 言動はより慎重に。自覚を持って行動してもらわないと――」
「わかってるって。俺さ、気づいたんだよ。俺の愛って女の子一人では受け止められないんだなーって」
「……は?」
「俺みたいな男は一人の女の子を幸せにするより、世界中の女の子を笑顔にするほうが合ってるんだ」
「それってこれまで女の子一人も幸せに出来なかったってことですよね」
「ハハ厳しいなー」
「……まぁ、志は認めますけど」
「お。エスタに認められると嬉しいな!」
「無駄に触れない!」
頭を撫でようとしたカッシュの手を払いのける。
カッシュの志望動機は、『世界中の女の子を笑顔にしたい』という、アイドルらしい目標だった。
資料には追加で『セクシー担当』『チャラ男』『性教育要必須!』と記した。
「エスタさん、お茶が入りましたよ」
「ありがとう、ディーゴ」
「休憩しましょう」と、キッチンから図体の大きい青年が笑顔で声をかけてくれた。
メンバー三人目。ディーゴ(19歳)。
短く刈り上げられた茶色の髪と褐色の肌。小さめの黒目。筋肉質で高身長の、体格のいい体とは裏腹に、エプロンをして家事を任されている。メンバー一の声量の持ち主。目立つのが苦手で自信のなさが時折見える。見た目とのギャップが激しい。
「フウ……」
ルルとカッシュに翻弄された後に飲む紅茶はより心を落ち着かせてくれた。
「これ美味しいね。商会で取り寄せてる茶葉かな」
「どうなんすかね。すみません、俺まだここ来たばっかで詳しくなくて。ルルさんに聞いてきます!」
「え、わざわざいいよ。なんとなく聞いただけだから」
「や、全然。聞いてきますから!」
「本当に大丈夫だから! ありがとうね」
「ッス。困ったことあったらなんでも言ってください!」
快活に答えるディーゴに、クスッと笑って「早速なんだけど」と資料を広げた。
「ディーゴの志望動機は『自信を付けて女性にモテたい』だよね」
ディーゴは顔を真っ赤にして大きな体を縮めてしまった。
「アイドルになったら確かにモテるけど、女性関係には気を配ってほしいの。動機に反して我慢を強いることになるんだけど、大丈夫そう?」
「そうですよね。すんません! 志望動機が思い付かなくて、モテたらいいなーって軽い気持ちで書いてしまいました」
年頃の男子なら女の子にモテたいと思うのは自然なことだ。
「全然、恋愛とかしなくていいので、アイドル活動に励むので大丈夫ッス! それより俺なんかで逆に大丈夫ッスか!?」
「もちろん。ディーゴは誠実さと包容力がある魅力的な男の子だよ」
「……ッス」
マネージャーとして当たり前のように褒めたエスタだが、再び顔を真っ赤にして俯くディーゴ。
ベラバイのメンバーはみんなオラオラ系だったので、ディーゴの初々しい反応にこちらまで照れてしまう。
気まずくて資料に目を落とした。
「え!?」
「? どうかしましたか?」
ディーゴの資料には、グループのリーダーと書かれていた。
自発的に前に出るタイプでもなさそうだし、ルル辺りがめんどくさがって押し付けたのだろうと推察される。
「……辛いことや困ったことがあったらすぐに相談してね」
「はいっ! あざす!」
同情の目を向けるエスタに、満面の笑みでディーゴが答えた。
追加で『大型わんこ系』と記した。
次の目的の人物は、開けた裏庭で躍りの練習をしていた。
メンバー四人目。リアン(17歳)。
金髪の碧眼。前髪で隠れていても、顔立ちの良さが窺える。歌とダンスのスキルがずば抜けており、特にダンスは唯一無二のスタイルでカリスマ性がある。性格は控えめだが正義感があり、他者を労る優しい少年だ。誰よりもアイドルになることを望む。ストイックで努力家。幼い頃からダンスに打ち込む。以前はバックダンサーをしていた。ファンサービスは苦手そう。
「エスタ」
エスタに気づいたリアンは、笑顔を向けて駆け寄ってきた。まだ17歳のあどけなさの残る顔。
志望動機は『歌うことと踊ることが好きだから。ステージに立った時の高揚感が気持ちいい』と、まさにアーティスト特有の理由だった。
資料には「クール系」「絶対的エース」と記した。
「聞いたか? グループ名が決まったって」
「『アービス』でしょ? 素敵な名前だと思う」
「エスタが呟いた言葉から取ったってエリオットが言ってたけど」
「えー? そんな覚え……あったわ」
リアンが「なんだそれ」と眉尻を下げて笑った。
「メンバーには会った?」
「うん。リアンで最後だよ」
「エリオットがエスタはディーゴの採用を渋るかもって言ってたけど、実はカッシュの方が心配だろ?」
あまりメンバーのことは話したくなかったが、図星をつかれて顔に出てしまった。
「商会で『潔癖のエスタ』って言われてたもんな」
「ん? 『鉄壁のエスタ』じゃなくて?」
「どっちも」
「どっちも……」
「エスタがロズリーを殴った直後は『鉄拳のエスタ』も加わったらしい」
「最悪!」
頭を抱えるエスタ。
アイドルの接待を断り続けていたので、仲間内から『鉄壁のエスタ』と呼ばれているのは知っていたが……。
最後のは自業自得か。
「カッシュのこと誤解してるんじゃないかと思って」
「……」
アイドルの恋愛に関して慎重な姿勢を見せるエスタ。
恋愛禁止ではない業界で、接待も断っていたから、『潔癖』と言われるのも仕方なかった。
誤解されがちだが、エスタ自身はアイドルの恋愛を否定していなかった。
ファンに対する想いに嘘さえなければ、恋愛をしていようが平気である。
ただし、マネージャーとなると、どうしてもリスクやファンのことを考えて否定的になるのだ。
なにより、共に夢をもって高みを目指す彼らに、恋愛に現を抜かしている暇はないと思うのが一番の理由であった。
恋愛するなら結果を残してからってもんだ。
「カッシュのこと、誤解しないでほしい。女好きに見られるけど、男女分け隔てなくみんなに優しい奴なんだ。優しすぎて断れないから、たくさんの女性とつきあってただけで」
「うん、それは優しさではないね」
きっぱりと否定するエスタ。
「それは、俺もそう思うよ。うん。つまり、アイドルになるのはカッシュにとってもいい楔になる。俺らのことも大事に想ってるから、絶対に裏切ったり迷惑をかけるようなことはしない」
「そこまで言いきるってなかなかできないよね。アービス邸に住む人はみんな仲がいいのね。昔からの知り合い?」
「ああ。エリオットとルルとカッシュと俺は、同じ孤児院出身なんだ」
「え、みんな孤児だったの?」
「ああ」
なるほど。兄弟にしては似ていないが、幼い頃をよく知っているし、一緒に暮らすほど親しい仲なのもこれで納得した。
「孤児院が封鎖される時に、成人してたエリオットが商会を立ち上げて借金しながら俺たちのために家を買ってくれたんだ。みんなで一緒に住みながら、ルルとカッシュは商会の手伝いもしてた」
「ディーゴは?」
「二年前に両親を亡くして商会で働き始めた。ここに来たのはほんと最近で、メンバーに選ばれてから住みだした」
「ディーゴも両親を亡くされてるのね……」
「うん。エスタもだろ?」
「え……」
「エリオットが声をかけたなら、両親はいないはずだ」
当たり前のように口にするリアン。
ぞわりと背筋に寒気が伝わった。
「それってどういうーー」
「エスタさーん、リアーン! エリオットさんが呼んでまーす!」
その名を聞いて、ドキッとして振り返る。ディーゴが窓から顔を出して二人を呼んでいた。
「今から新しいメンバーのオーディションをするそうです! 全員立ち合ってくださーい!」
「新しいメンバー?」
資料にメンバーは四人となっている。
リアンを見たが、彼も何も聞かされていないらしく首を傾げた。
孤児の話は後にして、二人は小走りで家の中へと戻った。




