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政治論

日本国防衛ドクトリン

作者: 廣瀬誠人
掲載日:2026/02/05

日本という国には、決して触れてはならない「言葉」がある。


公の場でその単語を口にした瞬間、思考は停止し、議論は感情論にかき消され、発言者は社会的な制裁を受ける。


「日本の核武装」。


戦後八十年、被爆国であるこの国において、それは政治的、倫理的な「絶対悪」であり、触れてはならないパンドラの箱として封印され続けてきた。


しかし、我々がその箱から目を背け、平和憲法という経典を唱え続けている間に、世界の現実はどう変貌しただろうか。


かつて海を隔てた「脅威」は、いまや我々の喉元に切っ先を突きつけている。


北のロシア、西の中国、そして半島の北朝鮮。


我々を取り囲む三つの独裁国家は、いずれも核のボタンをその手に握り、力による現状変更を躊躇わない。


彼らにとって、日本の「非核の誓い」など、不可侵の聖域でもなければ、平和への祈りでもない。


単なる「力の空白」であり、恫喝すれば屈する「弱点」に過ぎないのだ。


この国を覆っているのは、平和ではない。


平和だと思い込もうとする「欺瞞」と、不都合な現実を見ようとしない「知的怠慢」である。


「核を持てば戦争になる」のではない。


「核を持たないから、一方的に恫喝され、隷属を強いられる」のが、現代の国際政治の冷徹なルールである。


本書が提唱する「日本国防衛ドクトリン」は、多くの日本人にとって不愉快極まりない内容だろう。


独自の核弾頭開発、原子力潜水艦の保有、そして列島の要塞化。


これらは、戦後民主主義が積み上げてきた価値観を根底から覆す「劇薬」である。


狂人の妄想と罵る者もいるかもしれない。


だが、これは戦争を賛美するための扇動ではない。


同盟国の庇護すら確実ではなくなったこの不安定な世界で、日本民族が物理的に生き残り、自由と民主主義を守り抜くために必要なコストを算出した、極めて論理的な「生存のための計算書」である。


タブーを恐れる時代は終わった。


必要なのは、空虚な祈りではなく、生存への意思と、それを裏付ける圧倒的な「力」である。


本書が、凍り付いた日本の言論に亀裂を入れ、真の独立国家としての議論を始めるための、最初の一撃となることを願う。

 戦後八十年、日本列島を覆っていた「平和」という名のまどろみは、もはや維持不可能な幻想と化した。


 我々が直視すべき現実は、極めて冷徹で、かつ残酷である。


 現代の国際社会において、法や道徳は力の裏付けがあって初めて機能する。


 暴力による現状変更を躊躇わない国家群に対し、祈りや遺憾の意だけで国家の存立を守ることはできない。


 感情論を排し、地政学的な事実と戦略的合理性のみに基づいて記述する。


 まず、我が国の置かれた地政学的環境を再認識する必要がある。


 北海道の宗谷岬から、ロシア連邦のサハリン(樺太)までの距離は、わずか43キロメートルに過ぎない。


 首都圏の通勤距離と同等の、肉眼で捕捉可能な距離に、世界最大級の核保有国が存在している事実。


 これは、脅威が「海の彼方」にあるのではなく、我々の生活圏と物理的に隣接していることを意味する。


 さらに視界を広げれば、北のロシアに加え、西には覇権主義的膨張を続ける中国、半島には核開発に邁進する北朝鮮が存在する。


 これら三カ国は全て核兵器を保有し、権威主義的な独裁体制を敷く国家である。


 世界を見渡しても、三方を敵対的な核保有国に完全に包囲された国家は日本と韓国以外に存在しない。


 狭い海峡を隔てて、数千発の核弾頭が直接この列島に照準を合わせている。


 この「緩衝地帯ゼロ」の最前線こそが、我々の立脚点である。


 この絶望的な包囲網に対し、現行の防衛体制はあまりに脆弱である。


 憲法第九条は自らを縛る国内法規範であり、他国の侵略意志を物理的に破砕する盾とはなり得ない。


 また、安全保障の基軸としてきた「米国の核の傘」も、その信頼性は揺らいでいる。


 かつての朝鮮戦争の時代とは異なり、敵対国が米国本土を直接打撃可能なICBMを保有している現在、「東京を守るために、ニューヨークが核報復を受けるリスクをワシントンが負うか」という問いに対し、確たる保証はない。


 国家の生存を他国の政治的意志に全権委任する現状は、主権国家として自殺行為に等しい。


 では、日本はいかなる戦略を採るべきか。


 第一の選択肢は、日米同盟を堅持しつつ、その質を根本から転換する「プランA」である。


 ここで提案するのは、ドイツやイタリアが採用しているような、核の引き金を米国が握る「ニュークリアシェアリング」ではない。


 彼らと日本とでは脅威度が決定的に異なる。


 核保有国と直接対峙する日本においては、有事の際に自らの判断で使用できる「発射権」を持たなければ、抑止力として機能しないからだ。


 ゆえに、日本は核弾頭を「独力で開発」し、保有する。


 自国の運命を決定する最終的なボタンは、日本国民の代表が握らねばならない。


 しかし、日本が単独で核武装すれば、同盟国である米国の警戒と反発を招くことは必至である。


 そこで、核の運搬手段と運用において、米国を不可分に巻き込む戦略を採る。


 具体的には、日本が開発した核弾頭を搭載する原子力潜水艦は、日本で作らず、米国から正規価格で購入する。


 そして、その整備や補給は日本国内ではなく、米国のハワイ・真珠湾基地で受ける体制とするのだ。


 これにより、米国は「日本の核搭載原潜」を物理的に自国の港に留め置くことができ、日本の暴走に対する心理的な安全装置を得ることができる。


 さらに、一隻一兆円規模の原潜購入と継続的なメンテナンス契約は、米国の軍需・造船産業に莫大な利益と雇用をもたらす。


 つまり、日本は「独自の核」を持ちつつ、その「鞘」を米国製にし、米国の庭で管理することで、米国の対日感情を和らげ、経済的メリットを与える。


 これは、日本の主権と日米同盟の利害を極めて高い次元で両立させる、戦略的な取引である。


 しかし、国際政治の流動性は予測を許さない。


 米国の孤立主義回帰や同盟破綻という最悪のシナリオに備え、日本単独での生存を可能にする「プランB:要塞国家構想」の準備が不可欠である。


 これは、海上封鎖や経済制裁下においても国家機能を自律的に維持する、完全自己完結型の国家改造計画である。


 第一に、エネルギー安全保障の確立である。


 既存の臨海部原子力発電所は抗堪性に乏しいため、強固な岩盤下に「地下原子力発電所」を建設し、有事の電力供給と放射能封じ込めを両立させる。


 併せて、千葉県北部に広がる「南関東ガス田」を戦略資源として開発する。


 ここには数百年分の国内需要を賄う天然ガスが埋蔵されており、地下原発と合わせれば、エネルギーの完全自給が可能となる。


 第二に、戦略資源の確保である。


 鉄や非鉄金属については、都市鉱山やスクラップの徹底的なリサイクルシステムを構築し、江戸時代の循環型社会を現代技術で再現することで輸入依存を脱却する。


 さらに、日本の排他的経済水域(EEZ)内には、世界需要の数百年分に相当する「レアアース泥」が確認されている。


 日本は既に深海採掘技術の実証に成功しており、これを実用化すれば、中国によるレアアース外交を無力化できる。


 そればかりか、この採掘技術を他国へ供与することで、対中包囲網における日本の戦略的優位性を確立し、外交カードとして利用することも可能となる。


「レアアースがあるから」と資源を武器にする中国の鼻をへし折り、逆に日本が資源供給の主導権を握るのだ。


 第三に、食料自給体制の刷新である。


 農地不足は、高層ビル型の「都市型階層農場」による工業的生産で解決する。


 タンパク源の確保については、輸入穀物に依存する畜産から脱却し、国内の休耕田をフル活用した「飼料用米」の生産へとシフトする。


 日本の風土に最適な稲作を安全保障の基盤に据えることで、兵糧攻めを無効化する。


 第四に、国民保護の徹底である。スイスやイスラエルの事例に倣い、「全世帯への核シェルター配備」を国策として推進する。


 国民の生存率を高めることは、敵国による「国民を人質とした核恫喝」を無効化し、日本の反撃意志の強固さを裏付ける最強の防御となる。


 最後に、独自の打撃力による抑止の確立である。


 正規の核兵器配備までの間隙を埋めるため、国内の高レベル放射性廃棄物を転用した「放射性物質散布兵器(汚染兵器)」を配備する。


 これは物理的破壊力こそ限定的だが、敵国の中枢を半永久的に汚染する「拒否的抑止力」として機能する。


 そして、最終的な核能力の証明は、地球環境への影響を排除した「月面核実験」によって行う。


 H3ロケット等の宇宙輸送能力を用い、月面で起爆実験を行うのだ。


 38万キロ彼方の標的を正確に打撃できる技術力の誇示は、「地球上のいかなる地点もピンポイントで攻撃可能である」という事実を、無言のうちに世界へ知らしめることになる。


 これこそが、科学技術立国・日本に相応しい、洗練されたデモンストレーションである。


 本ドクトリンを「狂気」と断ずる向きもあるだろう。


 しかし、狂気とは、目前の危機から目を背け、機能しない古いシステムにしがみつくことである。


 我々の目的は戦争ではない。


 ましてや侵略でもない。


 目的はただ一つ、「対等な力を持って交渉の席に着き、戦争を未然に防ぐこと」にある。


 歴史上、力なき正義が覇権国家に顧みられた例はない。


 相手が凶器を持つならば、こちらも相応の力を示さねば、対話など成立せず、あるのは一方的な隷属のみである。


 これを「恐怖の均衡」と呼ぶならば、甘んじて受け入れよう。


 隷属の平和より、均衡による独立を選ぶべきだ。


 我々は独裁国家ではない。


 これらの強大な力は、民主的統制の下で厳格に管理される。


 米国という同盟国と共に歩めるなら、ハワイを拠点に太平洋の民主主義を共に守ろう。


 だが、もし孤立無援の戦いを強いられるなら、我々はこの列島をエネルギーも食料も自給可能な難攻不落の要塞に変え、月面から睨みを利かせてでも、国家と国民を守り抜く覚悟を持たねばならない。


 平和は「祈り」ではなく、「構築」するものである。


 今こそ、戦後日本の平和ボケから脱却し、生存のための決断を下す時である。

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