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ユニコーンのたまご  作者: しいな ここみ
第二部『ゼンゾーとロイ』
21/67

デートの約束

 おれのデートの誘いに、優子さんは感動する素振りも見せず、あっさりと答えた。


「でも明日、平日ですよ?」


 そうか!

 そうだった!

 なんて迂闊なんだ、おれは。彼女は仕事がある。


 しかし優子さんは言った。

「私、仕事を辞めたので暇はありますけど……。ゼンゾーさんはお仕事でしょう?」


「お仕事、辞められたんですか?」


「はい」

 優子さんはユニオをおれから取り返すように抱き寄せた。

「この子を守らないといけないと思ったので……」


「それなら尚更おれが必要でしょう!?」

 おれはここぞと攻めた。

「面倒見ます! 見させてください! カネのことなら心配いりません!」

 もちろんスティーブのカネだが。


 優子さんは弱々しい表情で目をそらした。甘えたいくせに、恥ずかしがっている。かわいい。


「おれとキスすることで、おれの中の人間のエキスを吸い取り、こいつは未産婦の肝臓を食べずに済むことが出来ます」

 不確かなことを、言い聞かせるように言った。

「コイツには、おれが必要です。そしてもちろん、あなたのことも必要です」


 優子さんがユニオの顔を見る。


「だから結婚するしかないと思いますが」


「ゼンゾーさん……」

 彼女が口を開いた。

「背の高い、とても長いツノをもったユニコーンの男の人のこと、ご存知ですか?」


 アーミティアスのことを聞かれているのだとすぐにわかった。


「彼は今、どこにいるのでしょう? 何をしているのでしょう? ご存知ありませんか?」


 おれは『知らない』と言いたかったが、諦めて、本当のことを言った。

「あいつは消えることが出来ます。おれにも匂いを感じさせない。どこで何をしているか、わかりません」


「知っているんですね!? あの人のことを」

 優子さんが食いついて来た。

「あの人の名前は? なんて言うんですか?」


「アーミティアスはおれの兄です」

 おれは言いたくもない名前を口にした。

「まったく似てないのは承知していますが、事実、おれ達は実の兄弟です」


「あの人に会いたい!」

 優子さんがバカなことを言い出した。

「この子のパパはあの人です!」


 おれは残りのコーヒーを飲み干すと、言い聞かせる口調で優子さんに言った。

「いいですか? あいつは確かにイケメンだ。だが、あなたにコイツを植えつけて、姿をくらました。そんなやつなんですよ。それにあいつこそ犯罪者です。危険な動物をあの島からたまごにして連れて来て、一方的にあなたに植えつけて、産ませた。そして……」


「そうですよね」

 物わかりがいい。助かった。

「私、あの人を憎んでいます」


「だから、おれをコイツのパパにしてください」

 うつむいた彼女の頭を撫でるように、おれは言った。

「おれのこと、知ってください。明日、ドライブに行きましょう。どうですか?」


 優子さんがおれの前で、ゆっくりと頭を縦に振った。





 おれは家に帰ると、スティーブを叩き起こした。

 やつの部屋のドアをドンドンガンガン叩いたり蹴ったりすると、アメリカ人特有のマンガみたいな寝間着姿を現す。


「どうしたの、アイタガヤ。ボク、眠いんだけど……」


「デートだ!」

 おれはこの気持ちを分かち合って喜んでほしくて、興奮した声で言った。

「明日、デートなんだ! 例の、結婚する彼女と! 喜べ!」


 スティーブはどうでもよさそうな、信じていないような表情で、不機嫌そうに言った。

「アイタガヤ……。明日、仕事でしょう?」


「気になる匂いを見つけた、それを追いたいと言えば自由にさせてくれるさ! おれなんか嗅覚以外はまったく必要とされてないからな! それよりデートだ! 明日、お前のクルマ貸せ!」


「嫌ですよ。傷つけられたら弁償できるんですか? それにランボルギーニなんかで行ったらかえって嫌われますよ? 明日デミオを買ってあげますから、それで行きなさい」


「おう! わかった! ありがとう! でもデミオよりもっと広いのがいい」

 おれは素直に言うと、話を変えた。

「それと、頼んでたことだけどな、銀色の髪の少年のこと。探してもらわなくてよくなったから。見つかったんだ」


「もう裏の情報屋数人に依頼してしまいましたよ……」

 スティーブは面倒臭そうに言った。

「それに、どうやら早速見つけたようですよ。銀色の髪に、青に銀の混じった目の人。ただ、少年ではないようで、違うとは思うんですけど」


「もしかして、背がものすごく高いやつか?」


「あ。その通りです。でも大人だっていうから……。違いますよね?」


 アーミティアスだ!


 おれは依頼の継続と対象の変更を申し出た。


「そいつの居場所を見失わないよう、ずっと監視しておくよう、頼む」

 そう言ってから、付け加えた。

「絶対に接触はしないよう、言ってくれ。気づかれないように監視を頼む」


「じゃ、明日、言っときますよ」

 スティーブがおおきなあくびをする。

「オヤスミ、アイタガヤ」


「ああ! いい睡眠をな!」


 おれは張り切って自室に戻ると、パソコンを開いた。

 明日、どこをドライブしようか。ワクワクが止まらねぇ。


 頭に幸せな光景が浮かぶ。


 ロイ……いやユニオを挟んで、白いタキシード姿のおれ。その反対側には、純白のウェディングドレスに身を包んだチーズのような、むっちゅぐちゅした匂いを撒き散らして、優子さんが微笑む。


 ……その前にアーミティアスを何とかしないとな。

 あいつをほっておくのは嫌な予感しかしない。おれの親父が崖から飛び降りるのを笑って見送り、おれのお袋を食ったやつだ。


 あいつはおれの幸せを壊しに来る。きっと。


 そんな気がする。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 優子さんもゼンゾーもユニオもスティーブも、みんなちゃんと狂ってて、それでいて話がするすると進んでいく。 ヒリヒリするような感覚の、感性に訴えてくるむき出しの生々しい心そのもの、といった物…
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