デートの約束
おれのデートの誘いに、優子さんは感動する素振りも見せず、あっさりと答えた。
「でも明日、平日ですよ?」
そうか!
そうだった!
なんて迂闊なんだ、おれは。彼女は仕事がある。
しかし優子さんは言った。
「私、仕事を辞めたので暇はありますけど……。ゼンゾーさんはお仕事でしょう?」
「お仕事、辞められたんですか?」
「はい」
優子さんはユニオをおれから取り返すように抱き寄せた。
「この子を守らないといけないと思ったので……」
「それなら尚更おれが必要でしょう!?」
おれはここぞと攻めた。
「面倒見ます! 見させてください! カネのことなら心配いりません!」
もちろんスティーブのカネだが。
優子さんは弱々しい表情で目をそらした。甘えたいくせに、恥ずかしがっている。かわいい。
「おれとキスすることで、おれの中の人間のエキスを吸い取り、こいつは未産婦の肝臓を食べずに済むことが出来ます」
不確かなことを、言い聞かせるように言った。
「コイツには、おれが必要です。そしてもちろん、あなたのことも必要です」
優子さんがユニオの顔を見る。
「だから結婚するしかないと思いますが」
「ゼンゾーさん……」
彼女が口を開いた。
「背の高い、とても長いツノをもったユニコーンの男の人のこと、ご存知ですか?」
アーミティアスのことを聞かれているのだとすぐにわかった。
「彼は今、どこにいるのでしょう? 何をしているのでしょう? ご存知ありませんか?」
おれは『知らない』と言いたかったが、諦めて、本当のことを言った。
「あいつは消えることが出来ます。おれにも匂いを感じさせない。どこで何をしているか、わかりません」
「知っているんですね!? あの人のことを」
優子さんが食いついて来た。
「あの人の名前は? なんて言うんですか?」
「アーミティアスはおれの兄です」
おれは言いたくもない名前を口にした。
「まったく似てないのは承知していますが、事実、おれ達は実の兄弟です」
「あの人に会いたい!」
優子さんがバカなことを言い出した。
「この子のパパはあの人です!」
おれは残りのコーヒーを飲み干すと、言い聞かせる口調で優子さんに言った。
「いいですか? あいつは確かにイケメンだ。だが、あなたにコイツを植えつけて、姿をくらました。そんなやつなんですよ。それにあいつこそ犯罪者です。危険な動物をあの島からたまごにして連れて来て、一方的にあなたに植えつけて、産ませた。そして……」
「そうですよね」
物わかりがいい。助かった。
「私、あの人を憎んでいます」
「だから、おれをコイツのパパにしてください」
うつむいた彼女の頭を撫でるように、おれは言った。
「おれのこと、知ってください。明日、ドライブに行きましょう。どうですか?」
優子さんがおれの前で、ゆっくりと頭を縦に振った。
おれは家に帰ると、スティーブを叩き起こした。
やつの部屋のドアをドンドンガンガン叩いたり蹴ったりすると、アメリカ人特有のマンガみたいな寝間着姿を現す。
「どうしたの、アイタガヤ。ボク、眠いんだけど……」
「デートだ!」
おれはこの気持ちを分かち合って喜んでほしくて、興奮した声で言った。
「明日、デートなんだ! 例の、結婚する彼女と! 喜べ!」
スティーブはどうでもよさそうな、信じていないような表情で、不機嫌そうに言った。
「アイタガヤ……。明日、仕事でしょう?」
「気になる匂いを見つけた、それを追いたいと言えば自由にさせてくれるさ! おれなんか嗅覚以外はまったく必要とされてないからな! それよりデートだ! 明日、お前のクルマ貸せ!」
「嫌ですよ。傷つけられたら弁償できるんですか? それにランボルギーニなんかで行ったらかえって嫌われますよ? 明日デミオを買ってあげますから、それで行きなさい」
「おう! わかった! ありがとう! でもデミオよりもっと広いのがいい」
おれは素直に言うと、話を変えた。
「それと、頼んでたことだけどな、銀色の髪の少年のこと。探してもらわなくてよくなったから。見つかったんだ」
「もう裏の情報屋数人に依頼してしまいましたよ……」
スティーブは面倒臭そうに言った。
「それに、どうやら早速見つけたようですよ。銀色の髪に、青に銀の混じった目の人。ただ、少年ではないようで、違うとは思うんですけど」
「もしかして、背がものすごく高いやつか?」
「あ。その通りです。でも大人だっていうから……。違いますよね?」
アーミティアスだ!
おれは依頼の継続と対象の変更を申し出た。
「そいつの居場所を見失わないよう、ずっと監視しておくよう、頼む」
そう言ってから、付け加えた。
「絶対に接触はしないよう、言ってくれ。気づかれないように監視を頼む」
「じゃ、明日、言っときますよ」
スティーブがおおきなあくびをする。
「オヤスミ、アイタガヤ」
「ああ! いい睡眠をな!」
おれは張り切って自室に戻ると、パソコンを開いた。
明日、どこをドライブしようか。ワクワクが止まらねぇ。
頭に幸せな光景が浮かぶ。
ロイ……いやユニオを挟んで、白いタキシード姿のおれ。その反対側には、純白のウェディングドレスに身を包んだチーズのような、むっちゅぐちゅした匂いを撒き散らして、優子さんが微笑む。
……その前にアーミティアスを何とかしないとな。
あいつをほっておくのは嫌な予感しかしない。おれの親父が崖から飛び降りるのを笑って見送り、おれのお袋を食ったやつだ。
あいつはおれの幸せを壊しに来る。きっと。
そんな気がする。




