33 番外編
シン王子視点の番外編です。
番というものは、抗うことのできない運命のようなものだと思っていた。
ガズムの第二王子として生まれたシンはそう信じていた。その番を、運命というロマンチックなものから、逃れられない呪いだと思うようになったのはいつのころからだっただろうか。
番に狂う人々を見て、むしろどうしてここまで受け入れられているのかが信じられなかった。悲劇はそこかしこに転がっているというのに、周囲はそれが自分の身に降りかかるとは微塵も思っていない。多分それは、父や祖父が幸せな結婚をしたからというのが大きいのだろう。国全体に影響を及ぼす、番に関する悲劇が起こっていなかったからだ。
けれど、それが今後も起きないと誰が保証できるのであろうか。
皆が「番は良いものだ」という中で、一人だけ番に不信感を持つ自分は異端なのかと何度も悩んだ。だから、ラスティンの存在はシンにとって何よりも救いだった。
そういう家で育ったということもあるだろうが、大人相手でも臆せず番のデメリットを述べる姿が頼もしかったのだ。
「それがこうなるとはなぁ。ほんと皮肉なもんだよ…」
「言いたいことがあるなら、仕事が終わってからにしろ」
ラスティンを側近にと、両親に初めておねだりをした。
そもそも最初から自分は兄のスペアなのだから、優秀さを示す必要はない。最初の頃、両親はラスティンを兄の補佐にと望んでいたようだった。けれど、そこは同い年なのだからと我を通した。
偉く有能な彼が自分の側近候補になってくれたのは本当に幸せなことだと思う。
おそらくは、番に対する不信感という連帯感があったからだ。ラスティンは兄でなく自分の側近になることを選んでくれた。それからの仲だ。確か8歳くらいのことだったように記憶している。
その彼が、今や番にベタ惚れなのは本当になんというか、寂しいやら悔しいやら。
ともに熱く語り合ったのはなんだったのかと問いただしたくなる時もある。
ただ、ラスティンは番であるリルムを目の前にしたときだけダメになるが、決して番最優先ではなかった。それに大いに安心したのは事実である。
「お前が番に出会ったとき、結構ショックだったって話だよ」
「…そうか」
シンは立場ある身だ。それ故に、責任も重い。
いくらのらりくらり、あまり優秀ではないですよアピールをしたところで、公務がなくなるわけではないのだ。
番のせいで狂った国や、人の話を何度も見てきた。
シンにとって、番は己を狂わせ国をも飲み込みかねない恐怖の象徴なのだ。
それを、ラスティンもわかっている。リルムに出会うまでの彼もそうだったのだから。
「この留学さぁ…結構決まったの急だったじゃん?」
「そうだな。かなり急で苦労した覚えがある。
まぁリルムに会えたので俺は良しとしてやってもいいが、他のメンバーはどうだろうな」
「悪いとは思ってるよ」
「思ってるなら、せめて延長の時も、もう少し余裕をもって言え。
いくら第2王子とは言え通せるわがままには限界がある」
「君の父上に内々で許可をとったから、多分もう少しやりやすくなるとは思うから安心して」
「父に、か?」
「うん。だって、お偉いさんで話通じるの、そこしか思い浮かばないもの」
ラスティンの父は番否定派の筆頭だ。
その彼でなければ話が通らない、ということは。
「まさか、お前番を見つけていたのか?」
「…多分。だって俺、会う前に逃げ出したからさぁ」
「急な留学も距離をおくためだったというわけか。…それならば父を頼るのは正解だ。
安易に他の者に漏らせば何がなんでも帰国させようとするだろう」
全て納得したというようにラスティンがうなずく。
シンは母国にいるらしい番に会いたくないのだ。
会ってしまえば、自分が狂うかもしれないから。
「確信したのはリルムちゃんが言ってた新しい仮説きいたときだけどね」
「あぁ、番の香りは、本人が過去の記憶の中で一番心地よいと感じたものになる、というやつか」
リルムはラスティンから、お日様の匂いと草花の匂いに似たものを感じるのだという。それで彼女が連想するのは、母と祖母がいた幼い頃の話。日当たりの良い庭の一角で様々な話を聞いた記憶を思い出したそうだ。
逆にラスティンはリルムから思わず食べたくなるような良い香りを感じる。これは、ラスティンが狼の獣人だからかもしれない。一般的に良い匂いと言われる花や香水の香りはラスティンにはキツすぎて酔ってしまうのだ。それ故に、そんな表現になってしまったわけだが…。
「食べたくなる匂いって聞いたときのリルムちゃん傑作だったよね。
目、まんまるにしちゃってさ」
「だからあまり言いたくなかったんだが…。しかし、研究のためと言われれば嘘を吐くわけにもいくまい。
それで? お前はなんだったんだ?」
「キンモクセイの香りっぽい、すごくあまーい香り。でも、お菓子みたいに感じる時もあるし、それこそ食べたいって思うのもあるしー。
まぁ、そういう匂いをずーっと感じるの。しかもいっつも同じ方角から。
…でもさ、国の主要な貴族だったら俺会ってるじゃない?」
「そうだな。国主催の式典や、その後の夜会で、貴族であれば会うことになるだろう。
となると、平民以下は確定か…」
ただの平民であればまだ良い。スラム出身者や脛に傷を持つものであれば、どれだけ大変なことになるか想像しただけで頭が痛くなってきた。
「そういうこと。
でもさぁ…冷たいかもしれないけど、そーゆー子が王宮にくるの絶対大変じゃん」
「俺の家にくるリルムの比ではないだろうな。
まぁ、前例がないわけではないが…」
「あと俺子供作らないつもりなんだって。王弟の子なんて政治的にもて余すじゃん?
跡継ぎはさー兄貴が頑張ってくれればいいわけだし」
「しかし、番に会えばその考えが変わるかもしれない、と」
「お前が番に会うまでは絶対そうなるって恐怖しかなかったよ」
ラスティンは番に出会っても、公務が最優先なのは変わらなかった。それは、リルムがそう望んだからというのもあるかもしれない。けれど、本人の資質も大きいのだろうと思えた。
そして、極めつけがリルムの番に関する研究だ。
まだ研究例は少なく、根拠も乏しい。
それでも、番関係で苦しんでいた獣人を救ったのは事実だ。
その事実にどれだけシンの心は救われたか。
「だからお前は最近熱心に瞑想してるのか」
「俺が俺のまま、ブレずに狂わずに出会えれば、それはアリなんじゃないかって思えたんだよ。
留学だって逃げの手段でしかないと思ってたし。
でも目の前で番のことが少しずつでも解明されて、しかも抵抗する手段まで見つかったわけじゃん?
俺としてもその研究を見届けたいし、何より抵抗できるとわかってから帰りたい」
「お前の気持ちはわかった」
はぁ、とラスティンがため息をつく。
「だが、その気持ちは全員に通達しておくべきだった。
少なくとも俺はその気持ちがわかっていれば、もう少しお前の意に沿った選択をしてやれただろう」
「わかってるよー。わかってるけどさー」
机に突っ伏して、シンは恨みがましそうにラスティンを見上げる。
「お前らにアテられたのもあるんだぞ。
子供を作るつもりはないのは変わらないけど、お前らみたく互いを尊重してるの見たら羨ましくもなるじゃないか!」
本当ならシンは、留学期間が終われば観念して国に帰るつもりだった。
できる限り番に関わらず、万が一番に狂ってしまうのであれば世を儚む覚悟すらしていた。
そんな決意をしていたのだが、目の前のバカップルを見て馬鹿らしくなった。
「もし、もしさ。
俺が番の魅力に抗えたら、ほんと凄い成果だと思うよ。俺が宣伝しちゃう。
一国の王子を救った研究とかどえらい後ろ盾になるじゃん」
「…まぁ、そうだな。
ただ、俺は一人の友人として、お前の番が悪い人間でないことを祈っておくよ」
「だといいな…」
番の魅力に狂うことがない未来が欲しいと心から願う。そして願わくば、そんな心配は取り越し苦労だったね、と言えるような番であって欲しい。
今はただ、リルムの研究が少しでも番を解明してくれることを願うばかりだ。
数年後。
ガズム国に新たな研究所が立ち上げられる。
今までになかった番に関する研究をする場所で、番否定派からの支援を受けて設立された。
その初代研究所長は他国から嫁いできた女性で、番が皆幸せになれるように全力を尽くして研究したという。
閲覧ありがとうございます。
お陰様で完結することができました。
折角ですので、完結祝いに!
最終話の下部より評価をしていただけると嬉しいです!
PC、iPadは黄色い枠で囲まれたところ。
スマホの場合はポイント評価の項目をタップすると出てきます。
また、明日からは新作を連載する予定です。
いつも通り13時頃投稿します。
次はコミュ障な女性が異世界転生させられてえらいこっちゃ!な話となってます。
是非そちらもよろしくお願いしますね。




