32
本編完結です。明日はシン王子視点の番外編をUPします。
「やってみると思っているよりも簡単なのだな、瞑想というのは」
「そうですね。私もまだまだ学び始めたばかりなのですが、身構えるほどのものではないかと。
あと、最近の説では単純作業に集中するのも瞑想の一種として捉えられるとか…」
「ほお…それは面白いな」
エルムとの対話から数日が経った。
過去に区切りをつけたリルムは、色々吹っ切れたようで、以前よりもかなり明るくなっている。
一番の変化は、やはりラスティンに瞑想を勧めるようになったことだろう。今までのリルムは番の自分にしか価値を見いだせていなかった。番ではなくなったとき、何もなくなってしまった自分は捨てられてしまうのだろうか。そういった不安が、今は小さくなっている。
ある意味そのときはそのときだ、と開き直ったとも言えるが。
番でなくなったとしても、今までやってきたことは消えない。自分の体の傷跡がなくならないのと同じだ、と気付いたのだ。
「代表的な例でいくと騎士の方がする素振りだそうです。
ハルーク様が長年騎士の方を見ていたからこその着眼点ですよね」
「素振り、か。
事務仕事で代用はできないだろうか」
「事務仕事は…例えば書類の中身も見ずに延々判子を押すだけ、というなら瞑想と言えるかも知れませんが…。
そこまで単純ではありませんよね」
「そうだな…。
日常生活に組み込めるのであればやりやすいかと思ったのだが」
一方のラスティンも、獣人が向けがちな瞑想に関する嫌悪感はあまり見えない。リルムが事前にした説明がわかりやすかったというのもあるだろう。
瞑想を初めて数日が経つが、ラスティンの態度に変わりは無い。
溺愛ぶりなどは以前となんら変わらないどころか、増している気さえする。
その様子を見たシンが「やはり獣人には瞑想は効かないのだろうか」とちょっと残念そうにしていたほどだ。
しかし、本人からは多少の変化があるとは報告されている。
ただ、忙しい身の上で時間をとるということが専らの課題だった。
「確かに。ラスティン様の場合、呼び出されることも多いですものね」
リルムとの蜜月は相変わらずだが、それでも途中で中断されることは多い。今は祖国との調整に追われているようだ。
もうすぐ留学期間が終わる。今回シンは番を見つけられなかった。そのため、番を見つけに行くかどうかで少々モメているのだとか。
そのせいで呼び出しの回数も多く、瞑想のために時間をとることが難しい。
「でしたら、歩行瞑想などを試してみると良いかもしれません」
「歩行でも瞑想になるのか?
あ、いや。素振りでも可能なのであれば出来るのか…」
「最近発見された、というか定義された瞑想方法なので効果の程はなんとも言えませんが…」
「いや、それなら俺はそちらでやってみようか。
歩行瞑想ばかりをやっている獣人というデータになるだろう」
「よろしいのですか?」
「結局のところ、俺はリルムの役に立てるのであれば、瞑想には拘っていないからな。
確かに番に狂いシンのサポートという仕事に支障がでたら困るが…正直そちらは全く心配していない。俺が変な行動をとったらリルム自身が真っ先に窘めるだろう?」
「それは…そうですね」
実際、先日も窘めた覚えがある。
エルム関連が一段落ついて、前向きになったリルムが余りにも可愛いと愛でるあまりラスティンは呼び出しを放棄しかけたのだ。勿論冗談ではあるが、それをリルムが窘めたのだ。
「あの件で再度確信した。
やはり俺の番、伴侶はリルム以外考えられないな」
「もう、ラスティン様ったら」
以前は必死に謙遜していた言葉も、今ならば素直に受け止められた。
ラスティンに恥じない自分でありたいという気持ちはずっと変わらない。向上心は持ち続けるが、それとは別に素直にラスティンの好意に甘えられる幸せを、リルムは噛みしめている。
恋人同士の甘い空気が室内に漂う。
だが、それもノックの音で唐突に霧散してしまった。
ある意味これもいつものことだ。
少々名残惜しく思いながらも、二人ともお仕事モードに切り替える。
「いやぁ、お楽しみのとこ悪いなー。
一段落ついたカップルに水を差すとレッドドラゴンに踏みつけられる、なんていうのは知ってるんだけどさー」
ノックのあと入室してきたのはシンだった。
いつも通りの砕けた口調だったため、ラスティンのあしらいもいつも通りとなる。
「やかましい。分かっているなら邪魔するな。
要件を手短に言え」
「いや、ひでぇな? 俺第二王子だよ?」
「ならばそれらしく振る舞え。
大体普段からゆるゆるフラフラしてるから周りに舐められるんだ、お前は」
「やだよー。頼りない第二王子だからこそ、こんな風にゆるっとしてられるんじゃん。
俺が働き者だったらお前今よりもっと大変で、それこそリルムちゃんとイチャイチャするヒマなんてなくなるよ?」
「どんなに忙しかろうとヒマは作ってみせる」
「…すげぇ自信。
いや、だからこそ片腕として信頼できるんだけどねー。
と、いうことでまた厄介事もってきちゃったよ。ごめんね」
「……はぁ。
言ってみろ」
このやりとりだとどちらが上司かわからないなと、こっそり苦笑していたリルム。
だが、その後シンが放った爆弾発言に、ラスティンと一緒に大慌てすることになる。
「あのなー、留学期間に延長かけたから。
確かにあっちで新年迎えたいっちゃ迎えたいんだけど、行事的にも色々バタバタしてるじゃん?
やっぱ跡継がない王子は元気で留守がいいよなぁ~」
あっけらかんと言ってのけるシンだが、内容はまさに寝耳に水だ。
だが、そんな様子は微塵も見せず、明るくシンは言い放つ。
「ま、そんなワケで皆でこっちで年越ししようぜー。
リルムちゃんも巻き込んでごめんねー?
埋め合わせはラスティンにさせるから許して」
「…こんのバカ王子!!!
なんでそういうことになった! 今すぐ事情を説明しろ!」
ラスティンが怒るのも無理はない。
今までずっとラスティンが忙しく動いていたのも、母国に帰る日取りを再調整するためだったのだ。
ちなみに今は初冬。帰国予定だった新年まではもう一ヶ月と少し程度しか時間がなかった。
ただ、リルムはと言えば…。
「あ、ではもう少し瞑想について学ぶ期間があるということですね。
それはちょっと嬉しいです。
やっぱりそれなりの研究結果を出してからラスティン様のご家族にご挨拶したいですし」
これが素直な感想だった。
自分に自信が持てるようになったとしても、それと他者の評価は違う。番否定派のラスティンの家族となれば、リルムの評価はどうしても辛くなるだろう。それを挽回するためにもっと研究に打ち込める時間ができるというのは有り難かった。
「お、リルムちゃんは賛成してくれる? 嬉しいなー」
「大手を振っての賛成ではありませんよ?
ラスティン様が大変になってしまうのは事実ですし…。
ただ、私にはメリットが多いな、と思っただけで」
「ほらー。リルムちゃんにメリットがあるんだって。頑張ろうなーラスティン」
「…シン、これは貸しだからな」
渋い顔をするも、リルムにメリットがあると言われればラスティンはゴネづらい。
精々引きつった顔で貸し一つと宣言するのが関の山だ。
「お手伝いできることがありましたら何でも仰って下さい。
私はラスティン様と一緒であれば幸せですから」
これはリルムの心からの言葉だった。
番だろうと、そうでなかろうと。自分はラスティンが好きで、傍にいられれば幸せ。
まだ研究は道半ば。いや、序盤もいいところだ。
それでもいつか「番のせいで不幸になった」という人がいない世の中にするために、リルムは研究を続ける。
番であるからこそ出会えたラスティンの隣で。
閲覧ありがとうございます。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら
最新話下部より、ポイント評価をお願いします。
PC、iPadは黄色い枠で囲まれたところ。
スマホの場合はポイント評価の項目をタップすると出てきます。
また、誤字報告いつもありがとうございます。評価ブクマとともにとても嬉しいです。
誤字報告をしてくださる方に厚かましくもお願いがありますので、よければ作者の活動報告に目を通していただけるとありがたいです。
ぜひよろしくお願いいたします!




