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あのあと、ジークから聞けたのは庶民の耳に入っているこんな噂話だった。
リー公爵家では虐待された悲劇の姉と、王子妃から転落した自業自得の妹がいた。だが、姉は番に見出され辛くも家を脱出した。その後、獣人に呪われたかのように公爵家には不幸が続き、ついにはお取り潰しになったのだという。
勿論リルムだって全てを鵜呑みにするつもりはない。
けれども、火のない所に煙は立たない。
サーシャを見れば「ばれてしまったかー」というような顔をしていた。そこで追求してもよかったが、サーシャにはなんの罪もない。自主的に黙っていたか、そうでなければラスティンに口止めされていたか。
前者なら自分から話してくれるだろうし、後者なら聞きだそうとするのは良くないだろう。そう判断して、リルムはラスティンの元に帰った。色々考えすぎて研究が手に着かなかったというのもある。結局サーシャは申し訳なさそうな表情をしてはいるものの、彼女から何かを聞けることはなかった。
帰宅してもラスティンはまだ学園にいるようで、姿は見えなかった。もう少し待てば帰ってくるはず。それまでの時間で、話したいことをまとめておくことにした。
「…そもそも、私はどうしたいのかしら」
リルムは自問自答する。
リー公爵家のことを何も教えられていなかったことにショックを受けたのは確かだ。けれど、教えてもらっていたとしてリルムはどうしていただろうか。
家族に会いたいかと言われればNOだ。会っても恐らく、リルムが悪いと騒がれて終わりなのが目に見えている。思っていたよりも家族へ期待する気持ちが枯渇している自分に気付いた。
別に不幸になれ、とは思わない。けれど、幸せになって欲しいとも思えない。望むことは、これからのリルムの人生に関わらないで欲しい、というだけだ。
「あぁ、でも…なぜあそこに閉じ込められなければならなかったのか、は聞きたかったかもしれないわ…」
噂が本当だとすれば、もう二度と両親と会うことはないだろう。
聞いた話だと、数え切れないほどの余罪があり、今は収監されている。だが、すべての罪が明らかになったあとは鉱山送りと聞いた。この国の鉱山はほぼ資源がとりつくされており、今は刑罰のために残されているようなものだ、という。出る望みの薄い資源を求めて昼夜問わず肉体労働をし、わずかに得られた資源で国への罰金を返す。死刑の次に重い刑罰だ。いや、プライドの高い両親にとってみれば死よりも重いかもしれないと思う。
あの人達が泥にまみれて肉体労働をする、という光景は、リルムにはどうしても思い浮かべられなかった。
「…エルムはどうなったんでしょう」
国の法に照らし合わせれば、罪を犯した貴族の子は平民に落とされる。ただそれだけだ。
学園へ入る前の年齢であれば孤児院へ、学園に入れる年齢であれば学園の寮に入れられる。留学してくる他国の貴族と一緒の寮ではなく、平民用の質素な部屋だ。そこで一人の平民として生きていく術を学ぶ。
罪を犯すような貴族の両親に甘やかされて育った貴族の子息にとっては耐えがたい状況だろう。そこから考えや思想を変えられなければ、犯罪者への道へと転がり落ちていく。
エルム自身が罪を犯していれば収監されることもあるだろうが、ほぼ学園へ戻ってくると考えていいはずだ。
リー公爵家がなくなったのが事実だとすれば、リルムもエルムも等しく平民だ。そもそも、学園内では身分差はない。同じ学生という身分だ。
だから、暴力事件にでも発展しない限り、何が起きてもおかしくはない。例えば公衆の面前で罵倒されようとも、特にペナルティがあるわけではない。ただ、理不尽な言いがかりをつけているのであれば、そちらが学生たちから白い目で見られるという程度だ。しかしながら、エルムにはもう失うものなどなにもないのだ。捨て鉢になって行動することも考えられる。
「今まで通り、研究棟にこもるのが一番平和なのでしょうね」
それはわかっている。結論としてはそういうことになるだろう。
では、いったい自分は何をモヤモヤしているのか。何をラスティンに聞こうと思っているのか。自分の気持ちが自分でわからなかった。
「まず、家のこと、エルムのことを聞きましょう…。それから先は、そのときになってみないとわからないわ…」
そう結論付けて、ラスティンを待つ。
彼が帰ってきたのは、結論を出してからすぐのことだった。
「リルム。サーシャから聞いた。家のことを聞いてしまったそうだな。
大層落ち込んでいた、と聞いたが…」
「落ち込んで…はい、そうかもしれません」
確かに気分は沈んだ気がする。それがどうしてかはよくわからないけれど。
「やはり、あんな目にあっても生まれた場所がなくなるとショックをうけるか…。辛かったな」
ラスティンの話ぶりだと、リー公爵家がとり潰されたことは確かなことのようだ。そのことに対しては自分でも驚くほど心が動かなかった。わずかに、領民の心配をする程度だろうか。
「いえ、家のことは大丈夫です。ショックを受けていなさすぎて自分でも驚いています。ただ、噂レベルのことしか知らないので、詳しいことを聞きたいという思いはあります」
「わかった。俺も正しい情報は今日知ったのだ。色々と情報が錯綜していたようでな」
「ラスティン様も、詳しいことは知らなかったのですね」
その言葉で、リルムはストンと腑に落ちた。
隠されていた、ということがイヤだったのだ。あまりにも幼稚な気持ちに少し恥ずかしくなる。けれど、そうではなく、正確な情報をラスティンも持っていなかっただけ。そのことがわかって少しホッとした。
「あぁ。かいつまんで話すぞ。
まず、リー公爵家とり潰しは確定だ。なんでも、あの女が直々に王妃に不正の証拠を持っていったそうだ」
「あの女…まさか、エルムがですか?」
自分とは違い、家族に愛されてきた妹がそんな行動をした、というのがリルムには少し信じられなかった。
「なんでも、君がいなくなったあと、暴行を加えられていたらしい。それでいて実務もさせていた、というのだから本当に理解に苦しむが…。
とにかく、元王子妃候補の手腕は伊達ではなかったようだな。明確な証拠を束で持って直談判したそうだ。公爵夫妻はまだまだ余罪があるため取り調べ中だが…おそらくは死罪にならない程度の重罪になるだろう」
なんとも言えない苦い気持ちがリルムの胸の広がる。
まさかエルムにまでそんなことを、という気持ち。だが、どこかで納得するような気持ちもある。何せリルムは今のエルムよりも幼い頃からそういった扱いを受けていたのだから。
「エルムは、どうなったのですか?」
「あぁ、それなのだが…」
ラスティンが言いづらそうに口ごもる。
「…俺は正直あの女を許してはいない。公爵夫妻もそうだが、あの学園で君にした仕打ちを忘れられそうにない。
それでも、だ。判断はリルムに任せたいと思う」
苦渋の決断、と言った表情で、ラスティンがリルムに告げた。
「あの女は、君と話がしたい、謝罪したい、と言っている。
どうする? 会うか?」
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