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「…んだよ、俺になんか用か?」
ジークという少年は最初からどこか喧嘩腰だった。まるで、自分に話しかける人物は全て敵である、とでも言いたげな目をしている。
よほど修道院の環境が悪かったのだろうか、と思いたくなった。
「あの…よければ番の話を聞きたいのですが」
後ろにサーシャは控えてくれているし、何より今回の目的はジークの主張を聞くことだ。勿論、解決できるのであればそれに越したことはない。が、あまり口がうまくないリルムにそこまでは期待されていないだろう。
ユグ本人が言っていたとおり、藁にも縋る思いで縋った藁程度の期待値だ。
そんなワケで、リルムはあまり気負わずにジークに話しかけた。
もしかしたらそんな油断がまずかったのかも知れない。
「なるほど、説教かよ」
番という単語を聞いただけでジークの態度が更に頑なになった。
「えぇと…そういうつもりでは…」
「ハッ。最初は皆そう言うよなぁ。
だが、近づいて見りゃ全員が判で押したみてーにおんなじこと言うんだ。番に甘えるのは良くないってな。獣人と教師だけかと思ったが、まさか同族の人間にまで言われるとは思ってなかったけどよ」
どうやらユグは既にあちこちに手を回していたらしい。
だが、ジークの態度は軟化せず、今に至っているようだ。最初に話しかけたときから警戒心が強かったのも、どうやらそれが関係していそうだ。
話しかけてくる人物は皆敵、そういう認識なのだろう。
「あの、説教のつもりはない、です。
ですが、何故ティアさんにそんな無茶な要求をするのかと思って…」
「そんなの俺の勝手だろうが!」
ジークが吠える。
女生徒だから、と怒鳴ればなんとかなると思っているのかもしれない。確かに普通の貴族令嬢であればショックで倒れることもあるだろう。
ただ、残念なことにこの場にいるのは、騎士家庭で育ったサーシャと、悲しいことに怒鳴られ慣れているリルムであった。怖いとは思うが、あの地下室での怒号に比べれば全然マシだ。
むしろ、何故こんなに怒るのかと不思議に思ってしまう。
「どうせお前らもティアの上司繋がりなんだろ? ってことはお偉いお貴族様ってやつだ。
いいよな、お前らは。ひもじい思いなんかしたことねぇんだろ。
そんな恵まれた連中が俺に話しかけてんじゃねーよ」
怒るジークを冷静に見つめながら、とりあえず落ち着こうとしていた矢先、こんなことを言われてしまった。
リルムにとってそれは、どうしても聞き捨てならい言葉だった。
「ひもじい思い、ですか…」
「んだよ」
「あなたは、おなかが空いて地を這う虫をそのまま食べたことはありますか?」
「は? バカにすんなよ!
いくら孤児だからってそんな気色悪い、こと…」
更に怒鳴ろうとするジークの目に、静かな怒りを見せているリルムが映った。
リルムは心のどこか、冷静な部分で「私って怒れるんだ」と思いながら、衝動のままに言葉を続ける。
「おなかが空いて眠れないことはあったかもしれませんね。
では、泥水を啜ったことは? 汚水は?」
「おま…何言って…」
「修道院では暴力は振るわれましたか?
理不尽な労働は?
流石にそこまでの違反があれば誰かが通報するでしょうから、きっとないんでしょうね」
「殴られたりくらいは普通だった!
何も知らないくせに、勝手なこといってんじゃねぇよ」
「同じ言葉をお返しいたします」
そう言って、リルムは腕をまくって見せた。
どれだけラスティンが慈しんでくれようとも、体についた傷跡は消せない。リルムはこの先、社交界に出るような事があったとしても、肌を晒すようなドレスは何一つ着ることが出来ないのだ。
「ひっ…あ、オマエあの、噂の公爵家の…」
「噂になっているのですね。説明する手間が省けて良かったですが。
でもこれで、私とはお話していただけますね?
少なくとも私はひもじい思いはしたことありますもの」
リルムは自分がどんな噂になっているのか知らない。知る必要も無いと思っている。どうせ噂というのは、聞く者にとって面白おかしくなるように変化していくものだから。
けれど、その噂もこういう風に使うのであれば結構役に立つことがわかった。
少なくともジークは先ほどまでの敵対心を失っている。
自分の腕をしまいながら、リルムは出来るだけ穏やかな声で訪ねた。
「何故、ティアさんを困らせるようなワガママを?」
「…逆に俺も聞きてぇんだけど。なんであんた番を信じられるんだ?
なんで捨てられないって言える?」
「何故…と言われましても…何故でしょう?
捨てられないと信じきっているわけではないから、今こうやって研究をしているというのが正直なところでしょうか」
「は? 信じてるわけじゃねぇのか?」
リルムの言い分にポカンとジークが口をあける。
「ラスティン様を信じていないというより、ラスティン様のような素敵な方に好かれる自分が信じられない、と言った方が正しいでしょうね。
ジークさんは、ティアさんをお嫌いですか?」
「…嫌ってたら苦労しねぇ」
忌々しそうにジークが顔を背ける。好きだからこその苦悩というものだろうか。それならばリルムも多少は理解できた。
好きだからこそ、不安になる。
自分に自信がない場合は特に。
「嫌えないから、あちらから嫌われるように仕向けていた、のでしょうか…。
でも、番相手にそれは難しいですよ?」
「…ホントにな」
苦々しい表情から、彼も薄々それをわかっていたことが窺える。
「マジでどうしろってんだよ…」
「えーそんなの簡単じゃないですかー」
今まで黙っていたサーシャから、暢気な声が聞こえた。
驚いて思わず振り返る。
「私だったら、こんなみみっちく八つ当たりする男願い下げなんですけどー、ティアさんはコレが番で逃げられないワケじゃないですかー。
だったらー、リルムちゃん見習って好かれる努力したらどうですー?」
「んなこと急に出来るかよ…」
「うわ、ダッサ」
「んだと?」
喧嘩腰ではあるものの、先ほどまでの覇気はない。どうやら生来口が悪い人のようだ。
「あの、でも、番の方にどうすれば好きになってもらえるかって聞き出すのは難しいかと…。ラスティン様はどんなでも可愛いっておっしゃいますし…」
「惚気だーーー」
「いやでもマジそんな反応しかしねぇよアイツも…」
ジークも一応過去に努力しようとしたことはあるらしい。ただ、番となると全てが盲目的に愛しく見えてしまうというのは、リルムが身をもって経験していることだ。正直本人はアテにならない。
一緒になって悩んでいると呆れた様なサーシャの声が響いた。
「んー…じゃあユグさんに聞いてみたらどうですー?
ティアさんの上司にあたる人ですし、理想的な部下の伴侶はどんな感じか聞いてみては?
もちろん、今までの迷惑を謝罪しなきゃですけどー」
「…だよな。はぁ…気が重いぜ」
そうやってため息をつくものの、ジークの雰囲気は最初の頃とは違いトゲが抜けている。
なんとか解決しそうでホッと一息ついたところに、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「…悪かったよ。助かった。
アンタも実家大変だろうに」
「実家…ですか?」
「あれ? アンタ、リー公爵家の長女の方だろう?
妹がやっちまったそうじゃねーか」
「あ、バカ!」
「あ? バカとはなんだ、バカとは」
今の反応から察するに、サーシャは何か知っていたのだろう。知っていて、隠していた。
じわり、と黒い気持ちが滲むように広がっていく。
「あの…詳しく教えて貰ってもいいでしょうか」
知りたくない気持ちと、知らなければならない気持ちが、リルムの胸の中でせめぎ合っていた。
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