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「う、うーん…」
大量の資料、そして、そこから抜き出した結果を前にリルムは頭を抱えている。
わずかではあるが、番の本能ともいえる状況に抗った物語や事実があることはわかった。だが、そこからの法則性は未だに見つけることが出来ていなかった。
「何か法則があればと思ったのですが…」
「んー。一応法則はあるっちゃありますよねー。
今のところ獣人同士で番になった場合、惹かれあわないとか、フるフラれるといった話はゼロです。逆に獣人同士で番だったのに無理矢理引き離されてしまい、焦がれに焦がれ死んでしまった、なんて悲劇はたくさんありますねー」
「そうですね。獣人同士であれば惹かれあうのが当然なのでしょう。
それから、番でありながら思いあえなかった場合なのですが、これは全て人間側が逃げたり拒んだりしていますね」
今まで見てきた資料の中で、番として思い合えなかった物語も少数だがある。そして、その全てが獣人からの愛を拒む人間という書かれ方になっていた。
「うん、そこまではわかってるんですよー。
これはこれで十分な成果じゃないですか?」
「けれど、それが何故かというのは何一つわかっていないんです。
ここが一番大事なのに…。
何故この人達は番を拒めたのでしょうか」
リルムがラスティンと出会ったときは、酷く衰弱していたから逃げることは物理的に不可能だった。けれども、例え体調が万全だったとしても、リルムはラスティンから逃げようなどとは思わなかっただろう。
ラスティンの匂いは抗いがたい何かがあった。
「どのような方が番を拒んだのか不思議に感じたので、それらを書き出して見たのですが…」
リルムの目の前には番を拒んだ人間の詳細なリストがあった。
詳細といっても、資料に書かれていないことは知りようがない。また、物語をベースにしているため全くの創作の可能性や脚色・誇張の類いもあるだろう。そういった事柄を加味した上でも、法則が全く見いだせなかった。
「んー。男女どちらかが極端に多い、ということはないですよねぇ。
強いて言うなら年齢は若い方の方が多いでしょうか。でもー、そもそも高齢になって恋することの方が珍しい気もしますし」
「そうですね。年齢を重ねていれば結婚している方が多くなります。それで番に出会ってしまえば悲劇になるのは当然ですよね…。
それでも獣人同士であれば結ばれるケースも珍しくはないようですが」
獣人がどれほど番を大事にしているかわかるエピソードだ。
今まで連れ添った相手がいたとしても、番の魅力には抗いがたい。また、連れ添った相手を奪われる側も、悔しさを覚えながらも番ならば仕方が無いと思う人が多いようだ。
これはちょっと人間目線で言うと理解しがたい心情である。
アズワルドでは20歳を越えても独り身でいる人間は珍しい。
獣人の国ガズムは種族によって若干の違いはあるが、25になっても一人というのは、やはり多くはないようだ。
そういう事情もあって、ガズムは留学制度を学生時代に行っているのだろう。
「年齢も性別もあまりアテにならないとなると…その人がどういう人物だったか、ってことになるでしょうか?」
「私もそう思って、その方の育ちや職業などもまとめてみたのだけど…」
今まで書き出した資料をサーシャにも見せる。
まだ資料と言うには甘い、メモ書きとも言えるそれにサーシャは興味深そうに目を通した。
「ふむふむ?
職業で言うと、兵士に聖職者に…最近のであればあるほど学生が増えるのはまぁ当然ですよねぇ。
…んー、やっぱり傾向らしきものはあまり見えませんね」
「そうなんです。強いて言うならば、平民の方が多いようではあるんですが」
「あぁ、確かに。どこどこの貴族の~っていう方ほど大恋愛駆け落ち展開の方が多かったですね」
やはり恋愛モノの物語となると、貴族同士の駆け落ち展開は王道のようだった。その他にも孤児の人間を番が見初めて幸せになるエピソードも多い。
「でも、そうなるとリルムちゃんの存在がよくわからなくなりますよねぇ」
「まぁ私は育ちは貴族と言い難いところがあるので…。
ともかく、様々な資料を集めましたがちょっと手詰まりなんですよね」
資料とにらめっこをしても、番の本能にあらがえた人たちの共通点は見えてこない。
「んー…資料でダメなら実際に会ってお話を聞いてみてはいかがでしょう~?」
「あ、はい。実はラスティン様が「そういう方面なら任せてくれ」と言ってくださったんです。といってもこちらの国の方になるので大変そうですけれど。
ただ、実際に話すにしても何を聞けばよいのかとか、どこまで聞いていいのかを迷ってしまって…」
番は特にプライベートなことだ。フッたにせよ、フラれたにせよ話を聞くというのはちょっと緊張してしまう。もとよりリルムはあまり対人経験がないため、どう話していいかわからないところがあった。
「えー?
それはもう聞いてみるしかないんじゃないですか? 答えられなければ答えたくないで構いませんって先に言っておいて」
「…それでいいのでしょうか?
失礼にあたるのでは…」
「んーまぁそうかもしれないんですけど、そもそも番に関することで話を聞きたいってラスティンくんならズバッと言ってそうじゃないですか。
で、質問するリルムちゃんが遠慮してたらラスティンくんも浮かばれないというか…」
「うう…」
「ま、頑張って質問事項くらいは決めておきましょう。
相手の方がどういう人であれ、こちらが知りたいことはあまり変わりませんもの」
「そうですね。どうして番の魅力に抗えたのか、この糸口が掴めるよう頑張ります」
「まぁそう一人で気負わないでくださいなー。私も一緒に考えますんで」
そうやって知りたいことと、そのための質問事項をサーシャと二人で詰めていく。
その作業に没頭していたとき、不意に研究室のドアがノックされた。
「あら? どなたかしら?」
「はいはーい、今開けますよー」
サーシャがドアを開けると、そこには研究棟の事務員がいた。
「こんにちは。…よかった、お二人の研究室はまだこの程度ですんでるのですね」
「この程度…って?」
「研究室によっては異臭がしたり、ドアを開けた瞬間に紙の雪崩が起きたりするモノですから…。
あ、今はそういうことを伝えに来たんじゃないんですよ。
リルムさんにお客様です。ラスティンさんと言う方ですよ。「アポがとれた」と言えばわかる、と仰ってました」
「えっ…もう、ですか!?」
「さっすがラスティンくん仕事はやーい。
とりあえず質問事項は私がまとめときますんで、リルムちゃんはラスティンくんからお話聞いてきて下さーい。
あとついでにイチャイチャもしてくるといいです。目の前でされるより大分マシなんで!」
「えっと…そんなにイチャイチャは…」
リルム自身はイチャイチャしているつもりはない。初めて出会ったときからラスティンがあんな感じなため、感覚が少々麻痺しているようだ。
「はいはい、いいから行ってきてくださいなー」
苦笑するサーシャに、リルムは半ば追い出されるように研究室を後にした。
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