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「はい、全授業の試験終了を確認しました。いやぁ…怒濤の勢いでしたね。ですがこれで先生の心配事も一つ減るので、万々歳です。本当にお疲れ様でした」
そう言って晴れやかな笑顔を浮かべているのは、担任のガルーダ先生だ。
リルムはサーシャとともに、彼の研究室で全ての授業の試験を突破したという報告をしていた。まるで自分自身がやり遂げたかのように達成感溢れる表情をしているガルーダ先生を見ると、今までどれだけ心労を負わせてきたのかがちょっとわかってしまう。心なしかいつも目の下の浮かんでいたクマが薄くなったような気がした。
「あの…なんかすみません。たくさんご苦労かけまして…」
「先生~。私情めちゃくちゃ漏れでてますよー? 教師なのにー」
申し訳なさそうに謝るリルムとは対照的に、サーシャはちょっぴり辛辣だ。普段と変わらないおっとりと間延びしたしゃべり方ではあるが、ちょっとしたトゲがあるように思う。
「ハハハ。教師だって人です。
めんどくさいことは避けたいというのが当然じゃないですか~」
そんなサーシャに対してもガルーダ先生の態度は変わらない。余程心配事が減ったのが嬉しいのか、上機嫌なままだ。
「うわぁ、ぶっちゃけた」
「そもそも、他の人よりちょっと一教科が得意なだけの人に、他者を教え導く能力があるわけないじゃないですか。その教科のことについては自信ありますけどね?
とはいえ、お仕事はお仕事です。頑張った生徒さんにはちゃんと報酬を用意しないとですね」
そう言ってガルーダ先生はリルムにカードを差し出した。
「はい。コチラ研究棟への入場許可証です」
「えっ!?」
「早くないですか!?」
流石にサーシャも驚いたようで、目を見開いている。
リルムはてっきりこれから研究員資格への申請をしなければならないと思っていたのだ。
「他の先生がたから話を聞いていると、そろそろだなーと思いましたので。内容に関してはアバウトに番について~としておきました。実際私も調べてみて知りましたが、番に関して真面目に研究している人いないみたいなんです。少なくとも、国内はゼロですね。ちょっとそこは先生も目から鱗でした。
他の方もそう思ってくれたみたいで、割とすんなりと許可が下りましたよ」
「…トントン拍子すぎて裏がありそう」
口には出さないが、リルムもそう思ってしまう。ラスティンやサーシャの手も借りたとはいえ、試験突破それ自体はリルムの努力の結果だ。少し入学試験を思い出して胸に苦い思いが広がる。
「勿論無条件というわけではないです。というか、結構条件や制約はありますね。でもそれは他の研究員も一緒なので安心してください。
その辺りはここに書いてありますので、しっかりと読むように。あとからそんなの知らないって言われても私にはどうにもできませんからね」
そう言いながらガルーダ先生はどさっと紙の束を渡してきた。結構な分厚さである。
「現在の状況は仮契約とでも思って下さい。リルムさんがそこに書いてある事項をよく読んで承諾して、初めて研究員という形になります。私は申請を代行したにすぎませんので。
内容はざっくり言うと、研究結果は学園ひいては国が使うこともありますよーとか、研究棟で見聞きした情報を外部に漏らしてはいけませんよーとか、そんな感じです。そちらに不利になることはそんなに書いてないと思います。が、トラブルにあっても面倒なのでちゃんと読むように」
「はい、ありがとうございます」
申請代行という手段が一般的なのかリルムは現時点で判断できない。加えて、自分の実力以上の過剰評価されているのかどうかすらもわからない状況だ。
ただ、ガルーダ先生の薄くなったクマを見ると、早めに安全が保証されている研究棟に行った方がいいことだけはわかる。少しモヤモヤした気持ちは残るが、無理矢理切り替えた。
(たくさんの人の手を借りて、やっとここからスタートなんだと思えばいいんだわ)
ぎゅう、と決意を新たにしているリルムをよそに、ガルーダ先生はサーシャにも書類を渡す。
「助手のサーシャさんはこっちですね」
「うわ、私もあるんですねー」
サーシャに渡された書類もリルムと似たり寄ったりの厚みがあった。
「リルムさんの場合は、番であるラスティンくんと一緒に見た方がいいかもしれませんねぇ。番の研究となると関わりもあるでしょうし、何よりあなたの後ろ盾ですからね」
「そうですね。一度持ち帰って報告と相談をしたいと思います」
「まあ多分ラスティンくんからも許可はでるでしょうから、さきにちらっと研究棟と研究室見ていきませんか?
今、私が空き時間なのでちょうどいいんですよ」
ガルーダ先生からそんな提案を受けたので、二人は顔を見合わせてから頷いた。
ガルーダ先生の後をついて学園の中を歩く。サーシャはキョロキョロと辺りを警戒していたが、誰かに絡まれるようなことはなかった。実際問題として、教師と風紀委員に挟まれている人間にわざわざちょっかいをかける人はよっぽどではない限り居ないだろう。
二人に付き添われて学園内を歩く。研究棟は、図書館の裏手側にあった。
「図書館内の貸し出し禁止図書を置いてある場所わかります? その近くなんですよ。そこも研究員カードがあれば裏手から出入り出来る仕組みになってます」
「あーそういう仕組みだったんですねーあの場所」
言われてみればリルムにもその場所は心当たりがあった。
そのときは貸し出し禁止の貴重な図書を置いてある場所に出入り口と、そこを守るように人がいることがとても不思議に思えた。あれは研究員専用の出入り口だったと言うわけだ。
「で、こちらが研究棟になります。
大概はここに警備の方と受付の人がいますので…」
ガルーダ先生が示す方に目を向ければ、学舎とそう変わりない建物が見えた。
「研究棟って言っても結構普通なんですねー」
「そうですねぇ。爆発なんかの危険な実験を伴う研究なんかは学園とは別にやっていますから」
「うわ、そんなのもあるんですねー」
「そういった研究はまた別途申請を出さなきゃいけないのでなかなか大変そうですよ」
会話をしながら、受付へ向かう。外からはわからなかったが、警備の人間も一緒に受付室で待機していた。確かにこれは学園内で一番安全な場所かもしれない。
ガルーダ先生が受付の人と会話をする。事前に連絡をしていたようですんなり案内された。
「それじゃ、私の役目はここまでです。あとはよろしくお願いしますね」
そう言ってガルーダ先生は自分の研究室へと帰っていった。
案内してくれるのは研究棟の事務員だ。
「この研究棟は学内の警備員さんの控え室にもなってるから一番安全なんですよ。
また、学園内を通らなくてもまっすぐ研究棟に入ることができる出入り口もありますので、そちらは出迎えの方に連絡しておいてください」
そんな話をしながら研究室へ向かう。
リルムに与えられる予定になっている研究室は意外とこぢんまりとしたものだった。三人分の机と、大きな本棚が三つ。ただし、それらはすべて空っぽの状態だ。どことなく、急いで片付けただけ、というような印象を受ける。
まだなにもない、空っぽの研究室。それでも、ここからやっと始められるのだ。ちょっとした達成感をリルムは味わいつつ、事務員の説明に耳を傾けた。
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