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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第六章 もう、わからない。
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**6-3 夢の中の表情は。

 目覚まし時計をばしっと叩いてアラーム音を止める。

 一度ごろりと寝返りを打つとまたするすると眠気に引き込まれそうになる。

 だが冷静さを取り戻して来るにつれて眠気は焦りに変わっていった。


 慌てて時計を見ると、九時三十分。

 今日は大事な会議があったような気がするが……確実に遅刻だ。


 うわあ、と情けない声を上げながらリビングに入って気が付いた。

 みやこがノートに一文字一文字漢字を書き取っている。


「あれ? 今日学校でプールないの?」

「なに言ってるの。今日は土曜日だよ、お父さん。なんでそんなに焦ってるんだろうって思った」


 馬鹿にしたようにくすくす笑う。

 あまねは“やめてくれ”と言いたいところではあったが、自分も曜日を間違えて焦って起きたおじさんを見たらきっと笑うだろうと思い、なにも言わなかった。


 洗顔を終えて鏡をじっと見ると、都の顔を見た後だとなおさらたるんで見える肌よりも、生まれつき血色の悪い唇よりも、ひどいくまが目に入る。

 くまを指先でそっとなぞりながらリビングに戻った周を見て驚いたように都は言った。


「パパ、今日はいつも以上だけど、最近くまひどくない? 疲れてるの?」

「あーいや、最近ちょっと寝付き悪いだけだから大丈夫」


 ふうん、そっか。それだけ言って都は再びノートに向き直った。


 そう、実は周は最近、不眠症になりつつあるのだ。

 というのも、毎晩毎晩同じような夢を見るからだった。


 周はどこかの家の屋根に体育座りをしている。

 頬に心地良いそよ風を感じると同時に天を見上げ、口笛で星にまつわる曲を知っている限り奏でる。

 不安定な口笛の音色がずっと響く屋根の上に、後ろから白いワンピースを着た女性がなにも声を発さず静かに現れた。

 その顔は逆光のせいでぼんやりとしている。

 彼女はなぜか裸足で、移動するごとに肌が屋根の瓦に吸い付くぺたぺたという音と古くなり始めている瓦がきしむぎしぎしという音を立てる。

 ぺた、ぎしぎし、ぺた……その音は周のほうに近付いて来て、彼女は周の隣に座った。

 周は彼女のほうをちらりと見ることもなく口笛を吹き続ける。


「ふふ、相変わらず下手な口笛」


 彼女は周をちらりとだけ見てすぐに視線を夜空へと移した。

 そして周の口笛の音色に、自分の口笛の音色を重ねる。

 口笛ですら違いが分かる女性らしい高音は安定していて、周は謎の眠気に襲われていた。


「そうだ、俺、布団に入ったんだった。寝なくちゃ」


 なぜか彼は夢と現実がごっちゃになっていて、夢の中なのに寝ようとしていたことを思い出すのだ。

 ふと我に返って立ち上がって屋根から降りようとすると、女性に手首をぎゅっと掴まれた。

 彼女は細い指にぎゅっと力を込めていて、その力は指からは想像出来ないほど強かった。

 本来、夢だから力を感じることなんてないんだけれど……なんだかそんな気がした。


「なに? もう俺、寝なくちゃいけないんだけど」


 誰かも分からない女性だったが、なんだか面識があるような気がするのだ。

 良く見知った人に対する口調で不機嫌そうに言う周に、彼女は声では応えず、首を横に振るだけで応えた。

 特に周のぶっきらぼうさに怯えている様子はない。


「首振られるだけじゃ分からないよ」


 ……彼女はあきれたように言った周の声を遮るように叫んだ。


「もっと一緒にいたかったの!」


 きんとする叫び声。

 星がたくさん散りばめられた夜空は空気が澄んでいて、その声はひずむこともなく真っ直ぐ耳に届いた。

 もちろん、声のわずかなかすれや裏返りさえもはっきりと。

 子供のように幼く、それでいて大人っぽい掠れも併せ持った綺麗な声……聞き覚えなんて範囲を超えて懐かしさを感じる。


ミヤコ……それがお前の本音なのか……?」

「そうだけど。前に“私のことなんて気にしないで”とか言ったけど、あんなの全部嘘よ、嘘。やっぱりあなたには私のことだけを考えて生きて欲しい」


 長い髪を搔き上げる京の表情はナイフのように鋭かった。

 どこか冷笑しているような、人々を見下しているような。

 決して感じが良いとはいえない表情。


「なに? 失望した?」


 鼻で笑った京の髪は突如強まった風に乗ってうねうねとなびいていて、綺麗だったはずの夜空は雲に覆われて真っ暗になっていた。

 夜空を見た後に京のほうを見ると、彼女の笑顔は消え去り、感情がすべて失われたような表情でまったく聴いたことのない曲を口笛で吹いていた。

 その曲がやけに心地良いのがまた謎の腹立たしさを湧き上がらせた。


 これが最近、周が毎日のように見ている夢の全容だ。

 いつも京が彼女らしくもなく冷たい言葉ばかり発するところでこの夢は途切れる。

 それと同時に飛び起きるのがもはや日課のようになっているのだが、いつも心臓はありえないほど速く動いているし、額は冷や汗でびしゃびしゃに濡れている。

 寝る前にまた今日もあの夢を見るのではないかと考えるだけで苦しくなって眠れないのである。


「俺は……京があんなこと言う女じゃないってことを信じることすら出来ないようになってしまったのか……」


 いつの間にか、ありえないと思いつつも心の片隅で“あれは京の本心なのではないか”と不安に駆られている自分を責めるようになってきた。

 一度考え出すと止まらず、自分の悪いところばかり思い浮かべてしまうのだ。

 正直周はその夢のせいでだいぶ精神的に参っていた。


 疲れきった様子の周を見て、都はパソコンを開いてなにやら検索を始めた。

 そして少し時間が空いたのち、その画面を周のほうに向けた。


「ねえパパ、今度ここに行きたい!」

「えっと……プラネタリウム?」

「うん! こんなに綺麗な星空見たことないから行ってみたいなあって思って」


 画面に映し出されているのは星空と、“親子で楽しむ夏の夜空”の文字。

 近場だし、入場料も良心的、さらに都の行きたくて仕方がないような顔。

 周は笑顔で答える。


「そうだね、パパも行きたい。じゃあ次の日曜日はお休みだから行こうか!」


 やったー、そう言って嬉しそうに笑う都を見ていると、夢のことなんてすっかりどこかへ消えていた。

 誤字脱字、疑問点などありましたら、感想欄またはメッセージにてお願いいたします。

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