マリアンヌと公爵夫人 【マリアンヌ視点】
「お嬢様、奥様が執務室へ来るようにとおっしゃっております」
程なくして、家令が私室へマリアンヌを呼びに来た。
「ありがとう」
お母様はお父様が仕切っていた事業の確認に忙しい。私まで煩わせるのは気が引けるけど、他に頼る相手もいないし。
部屋をノックすると、マーサがドアを開けてくれた。
「マリアンヌお嬢様、くれぐれも奥様の負担になられませんように」
耳元で忠告される。お母様の侍女であるマーサは、マリアンヌが母親に頼ると良い顔をしない。
「マリアンヌ、どうしたの?」
山のように積み上がった書類に埋もれるようにして、仕事をしていた夫人の手が止まる。マリアンヌはマーサをチラッとみた。
「マーサ、この書類を頼むわ。必ず貴女が処理してきて」
マーサが直々に行くということは何かあったのだ。お父様が絡んでないといいけど...。
マリアンヌはマーサが部屋から出ると、王室での王妃とのやりとりを掻い摘んで夫人に話した。
「貴女の市井での評判が良くないことは、今日、宰相閣下から聞いたわ。慰問もなぜ、マインセンディア孤児院へ行ったの?行くなら、他の孤児院や救護院にしなさいと忠告したのに」
いつもの威厳たっぷりな公爵夫人の顔ではなく、優しい母親の顔でマリアンヌに尋ねる。
「ですが、お母様、マインセンディア孤児院はお母様とお姉様が立て直した孤児院でしょ?なら、私がより良いものにする為に尽力するのが当たり前では?」
マリアンヌの言葉に夫人は首を横に振る。
「マインディア孤児院は、我がルーズベルト公爵家には厳しいところよ。貴女が少しの施しをして、心を開いてくれる人達がいる場所ではないの。好意的には接してはくれるでしょうけど、それだけよ。常にエミリーと比べられるわ。エミリーがここに来る前に居た所なのだから。マインセンディア孤児院は彼女の家族なのよ」
エミリーが孤児院にいた?お父様の生家に隠されていたんじゃないの?
「エミリーは市井で育ったんですの?」
「ええ、どういう経緯があったかは知らないけど、エミリーの母親は、主人の子をエミリーを身籠もっていた。そして、私が婚約をしたと同時に婚家の伯爵家から追い出されたみたいなの。生家からも絶縁され、流れ着いたのがマインセンディア修道院だった。本来なら、私がエミリーの存在を知った時に、身を引くべきだったのだけど、私のお腹の中には貴女がいたの」
前王妃様が健在で同時、ルーズベルト公爵は同時繁栄を極めていた。エミリーの母親の生家も婚家も忖度せざるを得なかったことは、容易に想像に易い。
「それで...」
「でも、日に日に大きくなるお腹が愛おしくて、貴女を日陰の身として育てるのが忍びなくて、エミリーの母親が訴えないのをいいことに、その好意に甘えてしまったの。今、思えば訴えれなかっただけなんですけどね」
そう、お母様は寂しそうに笑う。
「だから、マインセンディア修道院を立て直し、多額の寄付をしたのですね?」
「ええ、同時のマンセンディア修道院と孤児院は不正と巨悪の温床だったから、もし、そこで、夫人とエミリーが不当な扱いを受けることがあれば、お姉様にも迷惑がかかると思い、急いで不正を暴き、本来の姿に正したの。ジャネットもそれに協力してくれたわ。だから、私やジャネットがマンセンディア修道院にいくら尽くしても、威張れることでもなんでもないのよ」
私のマンセンディア修道院で奉仕活動は、ただの罪滅ぼしとして認識されていたの?それとも、エミリーを馬鹿にした行動とでも市井の者達に映ったのかしら?
「わかりました。これから、奉仕活動は救護院に行くことにしますわ」
「それがいいわ。持っていくのも、白いパンではなく、ライ麦粉とオートミールを持っていきなさい。後、清潔なリネンも、それらは全て上質なものは避けるのよ。質の良い物は不正を働く者がいれば、転売される恐れがあるわ。あとは、善良な心で民に接すれば大丈夫よ。中には心無い言葉をかけてくる者もいるでしょうが、決して、怒らずに対処しなさい。エミリーも連れて行くといいわ」
それは、都民の私への評判が良くないからよね。
「はい、お母様」
「それより、セラに侍女を頼めない事の方が問題だわ。ローランド公爵家からもマクレーン侯爵家からも推薦して貰えないでしょうし...。エミリーはどう?まだ婚約者もいないことですし。今から、あの子の婚姻相手を探すのも困難ですもの、彼女をうちの養女にすれば、身分的にもなんの問題もないわ。それに、姉妹が仲良いことも対外的にアピールできるわ」
それは、王妃様がエミリーを王宮侍女にと仰ったからよね?確かに、目の前で監視する方が他へ配属されるよりよっぽどマシだ。それに、侍女達が失態を犯せば、全てエミリーの監督不行届きとして処理できる。悪い話ではないわ。エミリーが我が家の養子となることには、不満が残るけど致し方ないわよね。
「エミリーお姉様ですか。そうですね、エミリーお姉様に頼みましょう。そうと決まれば、お姉様の家庭教師はローランド公女一人では心許ないわね...。せっかくですから、ブロード侯爵夫人にもお願いしたらどうですか?」
ローランド公爵家とブロード侯爵家は政治的に対極にあるとはいえ、私につく侍女の一人は、ブロード侯爵家の者と決まっていることですし、先にお近づきになるのも悪くないわ。
「ブロード侯爵家夫人ねぇ。彼女は厳格な保守派だから、エミリーには辛いかもしれないわね」
お母様は、ポツリと漏らす。
古くからのしきたりを重んじる保守派。一夫多妻制がなくなっても、彼等の中で女性の地位は低い。階級の縛りを大事にしそれを愚直に守る。だから、マリアンヌとも相性は悪かったが、背に腹はかえれない、手を組む家門は一つでも多い方がいい。




