ユアの訪問 2
「エミリー穣が何故、『世界樹の枝』『人魚の涙』『月の石』を集めていたのか知ってるかい?」
王太子は極めて冷静にユアを萎縮させないように努める。
「全てが集まると、幸せになれるって言っていたと。お嬢様は亡くなる運命だから、お嬢様が亡くなればセザール殿下と結婚できると、ルーズベルト家の一員として認めて貰えるって言っていたと聞きました」
「なるほど、ね。確かに過去の事件と手口は同じだね。相手に、現状では手に入ることのない夢を抱かせ、その夢を現実にするには、どうすれば良いかを手引きする...。可哀想に、その、エミリー穣とやらも、まんまとその罠に掛かり、大層な夢を抱き、良いように操られたのだろう。夢から醒めて、しでかした事の重大さに気が付き逃げ出したのやもしれないね。まあ、これも、私の憶測でしかないのだけど...」
気の毒そうにそう言う王太子に、ユアは少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。
ユアは昔、孤児院でボランティアをしていた。今も、暇を見つけては通っているのだろう。だから、エミリー穣のことも少なからず、気にかけていたのだろう。
「なら、探さないのが優しさだな」
セザール殿下が興味なさげにそう呟いた。
「そうなるでしょう。マリッサが黒幕だったのなら、ですが、取り敢えず、違った時のために、ツェツェリアの身の安全だけは確保しなくては...。申し訳ないですが、私は少し疲れましたので、戻らせてもらいます」
「お義父様...」
お父様はあんなにモンクレール穣を信頼していたのだから、ショックは大きいのでしょうね。
何と言葉をかけて良いのかわからずに、ツェツェリアはつい引き止めるように袖を掴んでしまった。
「大丈夫です。心の整理ができたら、私から来ますね」
王太子はにっこりと儚げに笑うと、そっとツェツェリアの手を離して、ゆっくりとした足取りで部屋から出て行った。
「あ、あの、一先ず、お嬢様に危険な事は起こらないんですよね?エミリー穣は探さない方が、彼女が幸せに暮らせるんですよね?」
もう、頑張って使っていた敬語も吹っ飛んで、エミリーは必至にセザール殿下に尋ねる。
「ああ、そうなるな」
「はーぁ、良かった」
エミリーはペタンとその場にへたり込むと、フラフラと立ち上がり、ぺこりとおじきをすると、右手と右足を同時に出しカクカクと歩きながら部屋から出ていった。
この場にいる事が、彼女にはもう、耐えれなかったのだろう。平民である彼女が、大公や王太子と対峙する日など一生来ないが普通で、こうやって直に口を利くなんてあり得ないのだから。勇気を振り絞って、背一杯頑張ってここまで来てくれた事がわかり、心底嬉しかった。
「クソ、何てことだ。死人に口無しとは黒幕がモンクレール穣と確定していないから、安心できないではないか」
苛立ちを隠そうともせずに、セザールはツェツェリアを抱き上げると、そのままスタスタと歩き出した。
階段を上がり、そのまま、4階の自室まで息切れ一つせずに歩いて行く。すれ違う従者達からの微笑ましげな視線が痛い。
ドサッとソファの上にツェツェリアを下ろすと、そのまま跪き、頭をツェツェリアの太腿の上に置くと、細い腰に腕を回す。
最近、嫌な事、気に食わないことがあると、こうだ。カロ曰く、昔は木刀を片手に騎士団の稽古場に乗り込んで、訓練と称して騎士達を滅多打ちにしていたらしい。
「あ、あの、エミリー穣は大丈夫なんでしょうか?」
ユアの話によれば、生きる気力を無くした母親も一緒に消えたらしい。そんな状態の母親を連れて何処へ行くつもりなのだろう。
「はあ、こんな時にクライネット穣の心配とは、君は何処まで御人好しなんだ」
太腿に左頬を乗せて、頭を撫でるように催促するセザール殿下の要求をうけいれながなら、身体の力を抜く。
「心配でなんです。それに、彼女も被害者ですよ」
そう、利用されていただけ。
「まあ、良い。少し調べてみるさ」
「ふふふ、ありがとうございます」




