第83話 ひととき
その後、彼らはライゼンとの各々の思い出を話してくれた。
勇者パーティが語る冒険譚に、僕の心が躍らないはずがない。
物語はグランジスタとライゼンの出会いから始まり、天才魔導士アナスタシア・ベルの登場から血に飢えた《獣王》ゼイダ・ラファガルドとの死闘を経て、ひとり、またひとりと仲間が増えていった。魔境に入ってから熾烈を極める魔人族との戦い、仲間の死を乗り越えながら次々と強敵を打ち破っていく勇者たち。目に浮かぶ光景は、まさに王道ファンタジーそのものだ。
精神年齢30オーバーのオッサンでも、童心に返り夢中になって聴き入った。
この世界に召喚されたじいちゃんがどれだけ彼らに愛され、信頼されていたのかが伝わってきた。そして彼らの語るじいちゃんの姿は、僕の良く知るじいちゃんと何ら変わらなかった。
よく笑い、飄々(ひょうひょう)としているけど曲がったことが大嫌いな真っすぐな祖父の姿、そのものだ。
「そういえば『旋風』とか『双極』とかの称号や二つ名ってどうやって決めるんですか?」
僕は以前から少し気になっていることを訪ねてみた。
「流派の免許だったり、一族の襲名だったり色々だな。公的な称号は教会が決めるが、自称だろうと教会に認定さえされちまえばそれが通り名になる。もちろん自然発生的に生まれて定着する二つ名もある。お前はいつの間にか《白き死神》って呼ばれていたパターンだろ?」
「ええ、まあ……そうですね」
自分から死神なんて名乗るヤツは中二的な病か頭のネジがないイカレポンチだ。そうそう、ツルツルでなんの捻りもありゃしねぇー、ネジだけにって、そりゃネジじゃなくて釘やろうがぁ――、僕は頭の中でひとりノリツッコミをカマしてみた。
どうやら勇者パーティに会えて舞い上がっているみたいだ。
「私のは教会が決めた。ゼイダは自分で決めた。グランジスタは他者が決めた。けっこういい加減、人それぞれ」
アナスタシアは果実水が入ったジョッキを両手で持ち上げて口に含む。
「ちなみに俺の《旋風》はライゼンが名付け親だ」
「どうして旋風になったんですか?」
「俺様の戦う姿を惚れ惚れと眺めていたライゼンの野郎が言ったんだ。『お前、まるで旋風気だな』ってよ。それから《旋風》になったって訳よ」
ええー……、それは『扇風機』の間違いなんじゃ……。
「と、ところで、みなさんは聖都に着いた後はどうするんですか?」
「俺はライゼンの葬式が終わったらアガスティアのオジキに会いにいく」
グランジスタが答えた。
「アガスティアって恒竜王の? 雷帝が唯一敗れて退いたって相手ですよね」
「それは間違いだぜ、退いたのは和解したからだ。ライゼンが本気で戦えば勝てないことはなかっただろう。アガスティアのオジキは話せばわかる男だ。互いに無益な争いは避けたって話だ」
「なんで恒竜王に会いに行くんですか?」
「助力を頼む。人間側についてくれって頭を下げるんだ。元々、竜族は魔王と仲が悪いからな。きっとアガスティアのオジキなら力を貸してくれるはずだ」
「そうですか……」
「あん? なんだよ急に暗い顔をしてどうした?」
「恒竜王は去年死にました」
「な、なんだと!? 竜族は千年以上生きる長命だぞ! そんな早くおっちぬ訳がねぇ!」
「……ある冒険者に殺されたんです」
「オジキが殺された!? ふざけやがって! 俺がそいつをぶっ殺してやる!」
グランジスタは拳をテーブルに叩きつけた。
「大丈夫です。そいつは僕が殺しました」
「――ッ!?」
何気なく発した僕の一言にその場の空気が一瞬で張り詰めた。
僕は自分の発言が不用意であったことを悟る。恒竜王を倒した者を倒した僕は、単純に考えて恒竜王よりも強いということになる。そんなヤツが目の前にいると知れば、彼らも警戒レベルを上げざるおえない。
しかし、茶化すようなゼイダの口笛が凍り付いた空気を氷塊させてくれた。
「へぇ、やるじゃねえかボウズ」
「あ、ああ……。やるなお前、さすがライゼンの孫を名乗るだけはあるぜ。どっちにしても恒竜族に会いにいってオジキの後釜と話してみるさ」
「グランジスタさん、言いづらいけどアガスティアの配下も殺されたって聞いています」
グランジスタはふんと鼻息を吐く。
「そんな軟な連中じゃねぇよ。生き残りがきっといるはずだ。で、それが上手くまとまれば後は、後世の育成に注力しようかと思っている」
「もう前線には行かないんですか?」
「俺の旅は雷帝と一緒に終わっちまったのさ。それに後世を育てないまま俺が死んだらどうする? 今、この世界に必要なのは新たな勇者の卵だ」
「確かに、そうかもしれませんね。アナスタシアさんは?」
そう尋ねると彼女は静かに微笑んだ。
「私はライゼンとの約束がある。それを守る旅に出る」
「約束?」
「それはヒミツ」と彼女は人差し指を唇に当てる。
「オレは葬式が終わったら北方大陸に戻るぜ。魔人をぶちのめしながらな」
ゼイダが言った。
「そうですか、それは僕らにとってとても心強いです」
「そういやお前、《金牛宮》を倒したんだろ? 勇者に名乗り出る気はねぇのか?」
「僕はまだまだ実力不足です」
「謙虚な姿勢は嫌いじゃないよ」
アナスタシアが僕の頭を撫でようとテーブルを挟んで手を伸ばす。けれど、手が届かない。つま先立ちしてやっと前髪に彼女の指先が触れた。
彼女の指がさわさわと前髪を撫でる。なんだか嬉しい。幼少期に母親に頭を撫でてもらうみたいに心地よい。
「そこはライゼンの孫らしくねぇな、あの野郎はそんな愁傷じゃなかったぞ」
「そうだね。適度な謙虚は美徳だけど謙虚になり過ぎないように、いつかキミの足枷になる」
アナスタシアはそう言って僕を戒めてくれた。またしてもお母さんみたいだ。
「ナイトハルト卿、これから魔王軍との戦いはどうなるのでしょうか?」
今まで黙っていたラウラが口を開いた。
「当然また攻めてくれだろうな。イザヤ・ブレイガルが戻って来ているみたいだから当面はなんとかなるだろう。あいつは三人の準勇者の中で一番ツエーからな……、ただヤツが出てこなければの話だ」
ヤツ、それはきっと雷帝を殺したっていう魔人族だ。
「じいちゃんは魔王じゃなくてゾディアックに殺されっていうのは本当なんですか?」
「ああ、《双児宮》だ。俺たちもそいつに半殺しにされた。だが、ヤツは俺たちにはとどめを刺さずに帰っていきやがった。『勇者を殺してこいと命令されただけで、お前たちのことなど知らん』と歯牙にもかけなかったぜ……。俺たちも魔境でゾディアックを倒してきたが、あいつは他のゾディアックとは別格だ」
ゾクリと背筋に寒気が走る。
百万の軍に匹敵すると云われる勇者をたったひとりで殺し、彼らを半殺しにした《双児宮》は、やはりとんでもない化け物なのだろう。
第八章は次回でおしまいです。
第九章【アリエスサイン】来週中頃の更新を予定しています。




