第81話 グランパ
気付いたときには部屋を飛び出していた。
なぜここに禅宮雷禅が、じいちゃんがいる――、そんな問題はスっ飛ばしていた。
行方不明になった祖父が今そこにいる、僕を突き動かしたのはただそれだけだ。
階段を駆け下りて宿の扉を押し開ける。群衆の人垣を掻き分けて大通りに出た。僕は雷帝が眠る荷台に手を伸ばして叫んだ。
「じいちゃん! 雷禅じいじゃん!」
荷台に僕の手が触れようとした瞬間、身体が宙を舞った。
「――えっ?」
まるで大型トラックに跳ね飛ばれたかのように視界が前後左右にグルグルと回転して地面に伏した。
動けない……、攻撃された? 魔法? 街中で警戒を解いていたといえハイエルフの耳でも捉えられなかった。僕だってそれなりのレベルになっているはずなのに、たった一撃くらっただけで無力化されてしまった……。
「なんだお前? 人間じゃねえか……いや、わりぃわりぃ、いきなり飛び掛かってくるから魔人族の刺客が襲ってきたかと思ったぜ」
グランジスタ・ナイトハルトは言った。鞘に収まったままの剣を持ち上げて肩におく。
次第に鈍痛が脇腹あたりから広がっていく。僕は自分の左腕が折れていることに気付いた。
彼から攻撃を受けたんだ。何が起こったのかまったく見えなかった……。
鼻血が滴り落ちて、石畳に赤い斑点をつくる。
「無礼をお許しください、ナイトハルト卿。辺境からの冒険者ゆえ」
僕を守るようにラウラがグランジスタの前に立ち、地面に片膝を付いて頭を下げた。
グランジスタの片眉が吊り上がる。
「その仮面は……へぇ、つーことは、あんたが噂の《極刀》ローラか、あんたの武勇伝はリタニアスでたっぷり聞いてきたぜ。ゾディアック《金牛宮》の軍隊をたった二人で総崩れさせたんだってな……ってことはお前が《白き死神》テッドか?」
膝を折ってしゃがんだグランジスタは、うずくまる僕の顔を覗き込んできた。
「すまない、こいつは口より先に手が出る単細胞なのだ」
そう言いながら近づいてきたのはアナスタシア・ベルだ。
彼女は僕の左腕に触れて《治療》と唱えた。瞬く間に痛みが消え去り、砕けた骨が元の位置に戻っていく。
「おいおい、あの勢いで飛び出してきたら誰だって警戒するだろ? 現にお前もゼイダも臨戦態勢に入っていたじゃねぇか」
「私もゼイダもちゃんと見極めてから行動する。だからお前は単細胞なのだ」
ふん、とグランジスタは鼻を鳴らした。
「おい、白き死神……お前、ライゼンのことをじいちゃんって言っていたな? 嘘を言うんじゃねぇぞ、俺はこいつのことを十代の頃から知ってんだ。ライゼンにお前みたいな孫はいねぇし、ましてや子供もいねえ。それとも『じいちゃん』ってのはただの愛称かなにかか? それでも納得できねぇ、パーティを組んでからもライゼンは、ほとんど俺たちと行動を共にしてたんだ。それなのにお前の話なんて聞いたことがねぇ」
「でも、この子、ライゼンって言っていた。ライディンじゃなくて」
アナスタシアは治った僕の腕を引っ張り、立ち上がらせてくれた。
「そういやぁ……そうだな……。おい、どうしてライゼンの本名を知ってる?」
答えようした僕の襟首が掴まれ、そのまま持ち上げられてつま先が宙に浮く。
狼の頭を持った獣人、ゼイダ・ラファガルドが僕の首筋にすんすんと鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
「なるほど、ライゼンの匂いに近いな……。血のつながった親兄弟にしか出せない匂いだ。あながちこいつの言ってることは間違いないかもしれない」
「おいおい、どういうことだよ……お前はいったい……」
僕はゼイダに摘まれたままグランジスタの青い瞳を見て言った。
「僕の名前は禅宮游、ライゼン・ゼングウの孫です」




