第80話 勇者の凱旋
こちらの世界には電話もネットもない。主な伝達方法は飛脚か早馬、伝書鳩である。だから遠方の情報受伝達には週単位、月単位の時間が掛かってしまうこともしばしばだ。
アイザムに最新ニュースが伝わる頃には、現地の状況が変わってしまっているなんてことはザラにある。
魔境から帰還した勇者パーティが海を渡り西方大陸に入ったという続報がアイザムにもたらされたのは、迷宮探索から半月ほど経ってからだった。
勇者パーティの生還といっても、雷帝ライディンは無言の凱旋となってしまった。
深い傷を負った彼らは魔力と体力が回復するのを待ちながら、魔境から脱出するチャンスをうかがっていたそうだ。
脱出に数ヶ月もの時間が掛かったのは、勇者の遺体を運びながら潜伏と移動を繰り返していたためである。
ましてや彼らがいた場所は魔境の深部、生きて戻って来られただけでも奇跡に近い。
彼らはリタニアス王国、クロイツ共和国、アイザムを経由してさらに各国を巡ってから聖都カインに入るという。
聖都の枢機教会で雷帝は聖人に認定され、未来永劫その勇士を称えられる。
戦いには敗れたものの、勇者パーティが訪れた国や町や村では多くの人々が沿道に並び、その死を悼み、感謝して拍手を送る。彼らはそんな民衆に応えながらゆっくりと聖都へと向かうのだ。
で、勇者一行がアイザムの街に入るのが本日の正午だそうだ。
正午まで一時間もあるというのに、すでに沿道は多くの民衆というか見物人というか野次馬でごった返していた。押し合いへし合いの大渋滞である。
ここは冒険者ギルドのある街だ。冒険者が勇者という存在に軒並みならぬ興味を持っているのは当たり前のことだ。
僕はパレードを見物するため、大通りに面した宿の三階の一室をわざわざこの日のために借りていた。
人混みを避けているのは《極刀》が有名になってきたのもあるし、上から見学した方が良く見えるからだ。
魔境入りしたとき、正確には勇者パーティは5名だったが序盤でひとりが死亡し、雷帝もゾディアックに殺されてしまった。
生き残ったのは元準勇者《旋風》グランジスタ・ナイトハルト、闘士《獣王》ゼイダ・ラファガルド、賢者《双極》アナスタシア・ベルの3名である。
グランジスタは人族、ゼイダは獣人族、アナスタシアはエルフだ。パーティにおいてそういった多種族の組み合わせは珍しいそうだ。
しかし、獣人やエルフは北方大陸ではそれほど珍しい存在ではないとのこと。確かに獣人ハーフのアルペジオはご先祖が北方大陸の出身だと言っていた。
そしてトリを飾るのは色とりどりの花々で埋め尽くされた荷台の上で眠る勇者《雷帝》ライディンである。
生きているうちに会えなかったのは残念だが、勇者一行を拝めるだけでも光栄なことだ。特にアナスタシア・ベルは絶世の美女だという噂がある。
絶世の美女と聞いて浮つかない男子はいない。酒場でもその話題で盛り上がっていた。今から楽しみだ。
沿道に並ぶ野郎共も半分以上はアナスタシア目当てなのだろう。
窓辺で頬杖を付きながら絶世の美女アナスタシアとイチャコラする妄想にふけっていたら、ラウラにほっぺたを思いきりつねられた。
なんで考えていることが分るんだと尋ねたら、鼻の下が伸びていたらしい。僕はもうちょっとポーカーフェイスの練習をした方が良さそうだ。
そんなやり取りがあって、今はアナスタシアを見たときに顔に出ないようにキリッとしている。
大通りが俄かにざわめいた。
通りの先に勇者一行と騎兵隊の隊列が見えてきた。
リタニアスの王国騎士団騎馬隊が先導して、その後ろに勇者の仲間を乗せた馬が続いていく。まるで優勝パレードだ。
中央にいる銀髪のイケオジがグランジスタで、その左翼には狼の頭を持った獣人のゼイダ。そして右翼にいるのが絶世の美女アナスタシア・ベ――あれ……なんか……ちんまい?
ちまーん、という擬音が聞こえてきそうな幼女がお馬さんに乗ってパッカパッカと進んでいる。
確かにカワイイいよ……。うん、とても可愛い。でもそれはキュートであってビューティーではない。
まあ、雰囲気はある。あの髪色なんて如何にもエルフっぽい。特に彼女の持っている杖なんて相当な年代物だし、禍々しいオーラを感じる。
魔導士同士が感じる『あ、こいつ強いぞ』みたいな――、ウソです感じませんごめんなさい許してください。どこからどう見てもただの幼女です。
絶世の美女とは一体……、人の噂なんてこんなものか……。
同じように大通りでは溜め息の荒しが巻き起こっている。
ちんまくても彼女は元準勇者だぞ。アナスタシアに気付かれたらあそこにいる連中、木っ端みじんにされちゃうんじゃないかな。
ちょっとがっかりだけど、違う意味で驚けたから良しとしよう。
隊列の真ん中、色とりどりの花で埋め尽くされた荷馬車が見えてきた。
あそこで眠るのが雷帝ライディンだ。
彼の身体が腐らないのはアナスタシアの魔法《絶対零度》によって凍結されているからだそうだ。
荷馬車が近づくにつれて、ぼやけていた勇者の顔が徐々に輪郭を帯びてくる。
「なっ……!?」
僕はその壮年の男の顔を知っていた。
四十代に見える彼の姿は僕の記憶より全然若い。
けれど間違いない。
間違えるはずがない。
勇者は、雷帝は、彼は行方不明になった僕の祖父、禅宮雷禅だった。




