第79話 生還式
陽の光を無事に浴びることが出来た僕らは、ほとんど同時に安堵の息を吐いた。
日が傾き始めているが、時刻はまだ昼過ぎだ。迷宮に潜っていたのは5時間ほどである。体感的にはもっと長くいた気がする。
「ちっ……、最初からこうしていれば良かったじゃねぇかよ」
そう吐き捨てのはヤコブだ。
いやいや、あんたさ、僕が壁を破壊したって言ったときも舌打ちしてたやんけ。どっちやねん……。
「そ、そうだ……。お前のせいで俺たちは危険な目に遭って死にかけたんだ。最初からお前が前衛で戦っていればこんなことにはならなかった!!」
魔道士のイーサンがヤコブに続いて僕らの批判を始める。
なんでそんな理屈なるんだよ……、もうダメだ。こいつらとはまともに会話ができない。
「命を預け合う俺たちに、リーダーのヤコブにさえ力を隠していやがったのは怠慢だ! お前らがパーティを混乱させたんだ! お前らのせいで死にかけたことはしっかりギルマスに報告させてもらうからな!」
ハイドも片手剣士も僕を睨んでいる。
……ああ、またか。この目、懐かしいな。エリテマでゴブリンロードを倒したときも、みんなこんな目で僕を見ていた。
「ちょっといい加減にしなさ――」
アルペジオが脚を踏み出したそのときだった。
一閃――。
抜刀したラウラの刀がイーサンの胴体を横一文字に薙ぎ払った。
「あ? あへ?」
斬られたイーサンの膝がカクンと折れて尻もちを付く。
「……あ、あれ?」
イーサンは切られた場所、刃が通り抜けた腹部を確かめるように触れた。
しかしどこも切れていない。血の一滴すら流れていない。
確かにラウラのダマスカスブレードはイーサンの胴体を分断した。ここにいる全員がそれを目撃している。
数秒遅れてイーサンの持っていた杖がパキンと半分に折れてコロコロと地面を転がった。
なるほどこうするのか――、ラウラはそう呟いた後でイーサンを睨みつける。
「そんな世迷い言をギルドに報告してみろ。次は貴様の胴体がふたつに別れるぞ」
「あ……、ああ……、わ、わか、わか、わかった……わか、わかかりました……」
こくこくとイーサンは首を振ってうなずいた。
その後、ヤコブはギルドマスターに迷宮の状況を報告する。
正体不明のトラップが存在すること。
それは迷宮に足を踏み入れた者を確実に殺すために用意された危険なトラップであること。
モンスターハウスから脱出するため、迷宮の壁を破壊しなければならなかったこと。
壁の破壊はやむを得なかったとその場で判断され、探索隊の責任は問われなかった。
ヤコブの報告に加えて僕は、ちらほら財宝らしき物を確認したことをギルマスに伝える。
ヤコブたち《蛇咬》はここでクエストを降りるそうだ。《白夜》と僕らもそれに続いた。
依頼達成とはならなかったけど、報酬の何割かはもらえる。欲張ってもしょうがない、命あっての物種だ。
後は所有者次第。さらに大規模な部隊を編成して迷宮攻略に挑むか、もしくは国やギルド、商人に所有権を売り払うかのどちらかである。
もっとも野良冒険者が勝手に忍び込む可能性があるから、維持管理費用を考えれば売ってしまうのが賢明な判断だろう。
それから僕はラウラから仮面について報告を受けた。理屈は分からないけれど、仮面にはあの伝説の英雄《極刀》の意識が宿っていた。それが死の淵で起動したと彼女は言う。
ラウラの急激な戦闘力アップを目の当たりにしている僕は信じるしかない。
この件については、ふたりだけの秘密にした。
しかし、この仮面が量産できるならとんでもない兵器になるだろう。
それこそ世界を滅ぼしかねない軍隊が誕生する。
まあ、ラウラの話を聞く限り、極刀の意識がそんな命令に従うとは思えない。
◇◇◇
夜、僕らはまだヤコブたちと一緒いた。
《蛇咬》のように迷宮探索を専門にする冒険者の間では、迷宮から戻った後で生還式を行うのが慣例とのことで、その儀式に《極刀》と《白夜》もお呼ばれしたのだ。
儀式と言われて堅苦しい行事を想像していたのだが、一言で言ってしまうと宴会だった。
次回も無事に生還するためのゲン担ぎであり、どんなに嫌いなヤツがいてもこの儀式には呼ぶとのこと。
最初こそ険悪なムードだったが、次第に酒が入っていくうちにわだかまりは溶けていった。
互いに言いたいことをぶちまけて、後腐れをなくす目的もこの行事にはあるのかもしれない。
宴会は明け方まで続き、酔いつぶれたバリウスとタルドは床で寝てしまっている。
「今回はホントに危なかった。ユウたちのおかげで命拾いしたよ」
バリウスたちと同じペースで酒を呑んでいたのにアルペジオの顔色は全く変わらない。
「そうだ、アルペジオ。これあげるよ。こっそり拾っておいたんだ」
僕がテーブルに置いたのは拳くらいある魔法結晶の塊だ。
これだけ大きくて純度の高い結晶なら高値で売れるはず。クリーゼさんのところで結晶採掘をしていた僕の目利きに間違いはない。
隣に座るアルペジオは僕の顔を見ながら大きな瞳をパチクリさせた。
「いつの間に……。あはは、あの状況で余裕だねぇ。でもさ、どうしてくれるの? 自分で使えばいいのに」
「応援したいからだよ、キミたち《白夜》が最強の矛になるのを」
目を見開いたアルペジオは、
「そんなことされちゃうと惚れちゃうじゃないか」
にへへ、とはにかんだ。
「これからも困ったり、力が必要なときは言ってくれ。すぐに助けに行くから」
「うん、ありがとぉ」
僕の左腕に腕を絡めてきたアルペジオは、僕の頬をペロリと舐めた。
「これは獣人族に伝わる信頼の証さ」
「そ、そうなんだ」
でへへぇ、これって今夜ワンチャンいけるんじゃね? 獣人ハーフってベッドの上では獣のように激しいのかしら――、なんて不埒な妄想が顔に出ていたらしい。
僕の背後にいつの間にか立っていたラウラが耳元で囁く。
「貴様のアレを切り落とされたいのか?」
「ひぇ!」
叫んだ僕は反射的に股間を抑えた。
そのやり取りを面白そうに眺めるアルペジオの隣に樽ジョッキを持ったヤコブが座る。
「おうお前ら、呑んでるか?」
「見てのとおりさ」
自分の樽ジョッキを持ち上げてアルペジオは答えた。
「実はギルドに行ったとき、気になることを耳にしてな」
「へぇ、どんなこと?」
「雷帝の勇者パーティが帰ってきたんだとよ」
ヤコブが言うには、行方不明だった勇者パーティが無事に魔境を脱出して、北方大陸まで戻って来たという話だ。しかし北方大陸は現在、魔王軍の支配下にある。さらに勇者パーティといっても雷帝を除くメンバーのことだ。
そして、彼らとの出会いが僕にとって大きな転機となる。
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