第78話 トルネード
僕は見ていた。
見ていることしかできなかった。
状況が一変したのは、ラウラの叫びが聞こえた直後からだ。
魔物が群がる部屋の中央で激しい血しぶきが巻き起こる。紙くずのように切り刻まれていく魔物の肉塊が、血しぶきに混じって吹き飛ばされていく。
それはまるで暴風だった。すべてを呑み込んでは切り刻み吐き出す凶悪なトルネード。
しだいに台風の目のように空洞となっていくその中心にラウラがいた。
僕は自分の目を疑った。
彼女は敵味方関係なく斬りかかっている。僕には彼女が錯乱して暴走しているようにしか見えなかった。
僕の足は床に根を張ったかのように固まって動かず、ただ彼女の暴挙を傍観していた。そして、あり得ないことが起こっていることに気付いた。
その現象は奇妙としか言えない。ラウラの剣がバリウスたちの体を通過したにも関わらず、彼らの胴体が分断されることはない。魔物だけが両断されていく。
ラウラは目にも止まらぬ速度で剣を振り、最短で距離を詰め、最小の動きで魔物たちを殲滅していく。
その神がった剣舞に僕は震えた。畏怖と恐怖で背筋が凍り付き、同時に美しいとさえ思った。
それから部屋を覆い尽くしていた魔物が全滅するまで一分と掛からなかった。
淡い光を放っていた四隅の魔法陣から光が消えさり、ついに召喚が停止する。
どうらやあの召喚陣は魔物が召喚される前に、フィールド内の魔物を全滅させることが停止条件だったようだ。
魔物が召喚されてから次の魔物が出現する間隔は、ひとつの魔法陣につき幾らもなかった。クリアするには空間にいる敵を殲滅した後に、転移してきた魔物をほとんど同時に倒さなければならない。
魔物の死体の中で返り血に全身を染めたラウラは立ち尽くしていた。
ぼんやりと何もない空間を見つめている。まるでさっきまでそこに何かがいたかのように。
「ラウラ!!」
僕の声に彼女はやっと我に返った。
「ユウ……」
「大丈夫か!? 怪我はないか!?」
「いったい……、なにが起こったんだ?」
「なにって……お前がやったんだろ?」
「あ……ああ、そうだ……。私が倒した、のだな……」
ラウラは他人事のようにぼんやりと答えた。
◇◇◇
何を聞いてもラウラはどこか上の空だった。「ああ……」とか「そうだな……」としか答えない。
僕はひとまず彼女を座らせて、怪我人を治療するアルペジオの元に駆け寄る。
「アルペジオ、負傷者は?」
「大丈夫、手当したところだよ。二人死んでいたけど蘇生魔法で生き返らせることができた。タイミング的にはギリギリだったかもね」
「蘇生魔法も使えるんだな」
「まあね、でももう空っぽさ。うう……、魔力の枯渇で気持ち悪い……おえっ」
アルペジオは舌をベロっと出す。
彼女以上に他の連中は疲労困憊だ。座り込んだまま動けない。
バリスもタルドも座り込んでいる。
誰も彼も、迷宮に潜る前よりやつれているように思える。
治癒魔法で傷は治っても体力までは回復しない。傷と体力を同時回復させるにはもっと上位の回復魔法かアイテムが必要になる。
「……おい……死神……お前、どうやって、ここまで来やがった? この部屋に出入口はなかったはずだ……」
息も絶え絶えで仰向けに倒れていたヤコブが上体を起こした。なにやら僕を親の仇でも見るかのように睨んでいる。
「魔法で壁をぶち破ってきただけだ」
正直に答えた僕にヤコブは舌を打った。
新迷宮の破壊は大きな減点になる。報酬が減ることは間違いない。
「仕方ねえ……。とにかく一刻も早く脱出するぞ……。それで、ここに来るまでに変わりはなかったか?」
僕は首を振る。
「いや、迷宮は魔物で溢れている。たぶんみんながここに転移してきたタイミングでそうなったんだと思う」
「そんな……、じゃあどうするんだよ!? ここがどこかも分らないんだぞ! こんな状態で、あんな数の魔物を相手にしていられないぞ!」
涙目でそう訴えたのは魔導士のイーサンだ。
「僕が作った道なら一直線で元の場所に戻れる」
「でも迷宮は魔物で埋め尽くされているんだろ!?」
五月蝿いイーサンの隣でヤコブが僕を見上げた。
「お前、魔物を倒しながらここまで来たんだろ? じゃあお前らが先頭を歩け。できるんだろ? これだけの魔物を一瞬で皆殺しにした《極刀》のローラ嬢と《白き死神》テッド様ならよ……」
そう吐き捨てたヤコブの後ろにいるラウラの手が剣の柄を掴んだ。
「ローラ、いいんだ」
僕はラウラを制止する。
「分かった僕が先頭を行く。みんな付いて来てくれ。それからヤコブさん、あんたは僕の後ろだ。僕は魔物に対処できてもトラップの対処はできない。ただし、僕のことが嫌いだからって後ろから刺すようなことはしないでくれよ」
「けっ……、ムカつく野郎だぜ」
「アルペジオは隊列の真ん中、バリウスは彼女を守ってやってくれ。タルドとローラはしんがりを頼む」
ラウラはこくりとうなずいた。バリウスとタルドも黙ってうなずいた。
部屋を出た僕は襲い掛かってきた魔物の頭部を的確に消していった。魔物の死体の上を歩いて進んでいく。
恐怖で震える《蛇咬》のメンバーはさっきから奥歯をカチカチと鳴らしている。
探索開始直後の勢いはどこにいってしまったのやら、本当にこいつらは迷宮専門の冒険者なのだろうか、ヤコブ以外は怪しいものだ。ヤコブのおかげで今までろくにトラップに掛かった経験がないのかもしれない。
そして、魔物を蹴散らしながら影に襲われた場所まで戻ってきた。
後は来た道を戻るだけだ。元々単調な迷宮だけど、僕は壁を転移させて最短ルートを創り出して先を急いだ。
これは地形を著しく変化させる行為だ。悪質な場合はギルドから処分を受ける場合もある。だけど回復魔法が使えるアルペジオはもうガス欠状態だ。
ヒーラー不在の状況で、これ以上の戦闘は可能な限り避けたい。
どのみちもうめちゃくちゃ壊しちゃってるし今さら考えても仕方ない。
壁をぶち破って真っすぐ進み、迷宮の入口まで戻ってきた僕らは、誰一人欠けることなく生還を果たす。
次回で第七章は完結です。
現在、執筆中の第八章はできるだけ早く更新したいと想いマス!




