第75話 罠
ラウラ視点です。
ラウラは注意深く周囲を見回した。
突然襲い掛かってきた自分の影に呑み込まれたのは覚えている。気付いたときには別の場所に移動していた。
空間の広さはおおそよリタニアス王国にある騎士団の剣闘修練場よりやや狭い。
壁や床の造りから同じ迷宮の内部であると推測できる。ただこの場所が迷宮のどこであるかは全く判らない。
同じように影に呑まれてこの場所に転移してきた《蛇顎》と《白夜》のメンバーたちの姿も確認できる。
彼らも状況が掴めず辺りを見回している。しかし、ユウと獣人ハーフのアルペジオの姿がない。
――ふたりは我々とは別の場所に飛ばされてしまったのだろうか。それともここにいないということは、影の強襲から回避できたのかもしれない。早くユウと合流しなければ――、剣の柄を握り直したラウラの手が焦燥で汗ばんでいく。
「なんだここは?」
「いつの間に移動したんだ、俺たち……」
「みんな見てみろ! この部屋……出口がねぇぞ!」
「なんだと? じゃあここは……」
「トラップだ。おそらくあの動く影は転移魔法の一種だな」
ヤコブが言った。
《蛇咬》のメンバーが狼狽える中、彼はかろうじて冷静さを保っている。
「どうするんだよ!? 戻れるのか!?」
「知るか、あんな影が動く魔法トラップなんて見たことも聞いたこともねぇ……。ただ……」
「ただ……、なんだよ?」
「転移系のトラップは掛かったらたいてい死ぬ……」
ごくりと唾を呑み込む音が殺風景な部屋に木霊した。
「なあ、あんた……極刀のリーダーなんだろ? ミスリルなんだろ? だったらあんたの力でなんとかしてくれよ!!」
魔導士のイーサンがラウラに泣きつくように言った。
こいつは《蛇咬》の名はなんといったか……、この期に及んでこんな発言をするとは――、いや、こんなときだからか……。
ラウラは呆れ果て返す言葉もなかった。
「つまんねぇこと言ってないで出口を探そうぜ」
バリウスが肩をすくめて踵を返す。
「おい、青二才!」
先に動き出したバリウスの二の腕を《蛇咬》のハイドが掴んだ。
「見て分かんねぇのか、四方が壁で囲まれてんだぞ! またトラップに掛かったらどうするんだ!? 勝手に動くんじゃねぇ!」
バリウスは心底呆れ果てた顔で溜め息を吐く。
「だからよ、隠し扉とかあるかもしれねーじゃん? 床とか天井とかさ。それともあんたは出口がないからって飢え死にするまでなんにもしねーの?」
「はあ!? 俺はむやみに動き回ったらあぶねぇって言ってんだ!」
「まず落ち着こうぜ、取り乱し過ぎた。つーかよ、それこそ俺やあんたのところリーダーの出番じゃん? さっきみたいにトラップを警戒しながら出口を探すんだ。いま俺たちにできることはそれしかないっしょ?」
ヤコブがバリウスとハイドの間に割って入る。
「こいつの言う通りだ。俺とバリウスで少しずつ進みながらトラップがないか調べていく。お前らは周囲の警戒を怠るな。異変があればすぐに知らせろ、分かったな?」
「あ、ああ……」
ヤコブが指示を出すと《蛇咬》のメンバーはやっと落ち着きを取り戻した。
やれやれと頭を掻いて足を踏み出したバリウスは、部屋の隅を見つめたまま固まり、顔を凍りつかせる。
「――ッ!?」
「おい……、どうした?」
異変を感じ取ったヤコブがバリウスに訊いた。
「……ヤコブさんよぉ、アレが見えるか? こいつは思っていたよりもずっとやばい状況だぜ……」
バリウスが指さした先に顔を向けたヤコブの眼がぎょっと見開き、「クソったれがッ!」と吐き捨てた。
「お、おい……どうしたんだよ? なにがあるんだよ!? 教えろよ!」
イーサンは震える声でヤコブの肩を掴んで揺らす。
ヤコブは部屋の角を指差した。
「……見てみろ、部屋の四隅に魔法陣がある。あの模様は召喚陣だ。このトラップは――」
ヤコブが告げる前に状況は次のフェーズへと移行する。四隅に描かれた魔法陣が淡く発光し、魔物の召喚がはじまった。
リザードマン、コボルト、バジリスク、ゴブリンロードがそれぞれの魔法陣から一体、二体、三体と湧き上がるように増えていく。
シルバー級以上の冒険者にとってコボルトは脅威ではない。リザードマン、バジリスク、ゴブリンロードも対処できないことはない。だが問題は数だ。戦い方次第でなんとかなるのは数体まで。それが十、二十ともなれば話は変わってくる。
召喚は止まらない。魔法陣は一定の間隔で数秒おきに魔物を自動召喚していく。
出口のない部屋は魔物で埋め尽くされ、ラウラたちは完全に包囲されてしまった。




