第72話 白夜
んで、翌日の午前七時、探索隊第一陣のメンバーが迷宮入口に集結していた。
第一陣は十人に満たない少数精鋭のパーティだ。全滅する可能性が高いため、第一陣は十人前後にして被害を最小限にするのが定番らしい。まるでカナリア的扱いだ。
そして今回のパーティは三つのユニットから成る。
ひとつは《極刀》の僕とラウラの二人、二組目は迷宮探索を専門とする《蛇咬》、メンバー構成は前衛職二名と魔導士一名、シーフ一名の四人でシーフのヤコブがパーティリーダーを務める。
こいつらとは何度かギルドで顔を合わせたことがある。
ランクはゴールド、自分たちより下のランクの冒険者を見下しているところがあってノックスやネフは彼らのことを毛嫌いしている。
飛び級で、しかも十代(精神年齢は三十オーバーだが)にしてミスリルに昇格した《極刀》のことも当然ウザいと思っているようで、ネフたちとギルドで呑んでいたらヤコブから「調子に乗るな」とおしかりを受けた。
正直、背中を預ける仲間としては如何なものか状態だけど彼らもプロだ。仕事は仕事でちゃんとこなすだろう。
三組目は重戦士、レンジャー、魔導士のスリーピースで構成された《白夜》だ。
実は彼らとは一度だけ行動を共にしたことがある。
何を隠そうリタニアス王国で一緒に魔王軍と戦った戦友だ。だけど、あの時はバタバタしていたから軽く顔合わせしただけで会話している時間はなかった。
《白夜》は平均年齢二十代前半で構成された比較的若いパーティである。それでもランクはアイザムでも数組しかいないプラチナ級の実力者だ。メンバーにはアルペジオという獣人族のハーフの少女がいる。顔は丸っきりヒトだけど獣の耳と尻尾がある可愛らしい女の子だ。彼女は魔導士の中でも回復系魔法を使うことができる稀有な存在とのこと。
共に戦地へ赴いた仲ということもあり、彼らはギルドで再会した僕らに気さくに話しかけてきた。
特にリーダーでレンジャーのバリウスは調子がいいというか面白い男で、話の中心は魔法や魔物ではなく、どこぞの娼館にいる娼婦のこんな技がサイコーなんだとか猥談ばかりだ。
パーティメンバーのアルペジオに、また始まったかとうんざりした白い眼で見られてもなんのその、初なラウラだけが仮面の下で顔を赤らめていた。
そんな即席チームで新迷宮に潜る訳だが、さっそくこのクエスト攻略の前途を占うようなやり取りが迷宮の入口であった。
「おい、極刀の死神」
僕はヤコブに呼ばれて振り返る。
「はい、なんでしょう?」
「お前ら極刀の二人が前衛だ。さっさと行けよ」
「は?」
「は? じゃねぇよ。この中じゃお前ら方が上位クラスなんだから当たり前だろう? なんたってギルド登録されている冒険者の0.1パーセントしかいないミスリル様だからなぁ」
ヤコブは口の片端を吊り上げた。他の《蛇咬》の連中もその様子をニヤニヤしながら眺めている。
ああ、そういうことね。さっそく嫌がらせかよ。前途多難というか、迷宮に入ったら注意が必要のようだ。
やれやれ、魔物やトラップ以外にも注意を払わなければならないなんて……。
温厚な僕は別にいいけど、ラウラが斬りかからないか心配だ。ほら見てよ、もう手がプルプルして今にも抜刀しそうだ。
「いやいや先輩、まさかそんな冒険者のイロハも忘れっちゃったんすか? それはどう考えてもおかしいっしょ?」
抗議の声を挙げたのはバリウスだ。
「それならなんでシーフのあんたやレンジャーの俺がいるんだっつー話になるっじゃんよ。いくら極刀が強くったって無理なもんは無理だぜ、ひょっとしてギャグのつもりで言ったんスか? 超ウケる!」
バリウスが素で言っているのかヤコブの魂胆を看破して言っているのか分らんが、バリウスに指摘されたヤコブは鬱陶しそうに溜め息を吐いた。
ちょっと天然だけど、バリウスは良い奴だな。
「あのさぁ、そんな効率悪い攻略するならうちらは抜けるけど?」
アルペジオが追撃を加え、重戦士のタルドは無言でうなずいてヤコブに圧を加えてくれている、たぶん。
舌を打ったヤコブは、「冗談だよ。いちいちツッコムな……めんどくせぇ奴らだな」と吐き捨て先陣を切った。他のメンバーたちは彼の後に続いていく。
以前潜ったジュラル迷宮とは違って今回の迷宮は通路が舗装されているし、壁も天井もしっかり石材で補強されていた。おまけに外よりも暖かくて篝火まで常設されていた。冒険者にも優しい親切な設計である。
過去に発見された迷宮の中には五十層ある塔や地底都市のような大規模なものも存在するらしい。こんなものが忽然と生まれるのだから世界七不思議だ。
一説によれば、魔人族が人族を駆除するために迷宮を設置しているなんて話もある。
お宝を迷宮内に仕込んでおき、財宝に眼がくらんだ人族をおびき寄せて魔物やトラップを使って退治する、簡単にいってしまえば大掛かりなゴキブリホイホイという訳だ。
その説が真実だとしたら、ひどく費用対効果の悪いホイホイである。




