第70話 告白
ラウラ視点よりの三人称です。
ラウラはヴォーディアット家の屋敷にある地下室に閉じ込められていた。
家族と感動の再会を果たした彼女だったが、数日経っても屋敷から出してもらえず、ユウに会うことも城に戻ることも許されなかった。
挙句の果てに、軟禁状態のままグレイン子爵家次男との縁談に持ち込もうとしたのだ。
ラウラは抵抗した。声を荒げて暴れた。
剣術と体術が見違えるほど上達していた彼女に警備兵では歯が立たず、兄弟で取り押さえてやっと拘束することができた。
当主のヴォーディアット侯爵は、地下室に閉じ込めるのはさすがにやりすぎたと感じたが、冒険者として生きていくと言って聞かない娘の行く末を案じるが故、仕方のない処置であると自分に言い聞かせた。
なによりラウラには『魔女認定されていた』という〝曰く〟が付いてしまっている。さらに冒険者だったことが世間にバレでもしたら嫁ぎ先がなくなることは間違いない。格下の爵位とはいえ、この縁談は逃せない。いくら国を救った英雄だとしても冒険者に娘は譲れない。
「ユウ……」
地下室で夜を明かしたラウラは、ユウがきっと助けにきてくれるはずだと自分にそう言い聞かせた。
しかし、時間の経過と共にネガティブな感情が押し寄せてくる。
自分は冒険者として、戦力として特に必要とされていない。
アルトみたいに魔法が使える訳でもない。
いつも隣で見守っているだけで、やってきたのは家事くらいだ。
私がいなくても彼はやっていける。
私は彼に付いてきただけ……。
もしかしたら、このまま戻ってこないなら仕方ないとユウはアイザムに帰ってしまうかもしれない……。
不安が彼女を弱気にさせる。
ラウラはベッドの上で膝を抱きしめた。
――父上ともう一度話してみよう。手荒な真似はしたくないけど、いざとなれば……。
そのときだった。
ブォンと魔法が発動した音の後、強固な石壁に穴が開いた。そこから出てきたのは黒髪の少年だ。
「ユウ!」
「ごめん、遅くなった。屋敷の門を叩いても文字通り門前払いでさ、ヴァーディアット卿から『娘を危険な目に遭わすことはできない。娘も冒険者なんてもうしたくないと言っている』って言われたんだ」
「馬鹿な!? 私がそんなこと言う訳ないだろ!!」
「わかってるよ、だからこうして助けにきた。帰ってこないから、きっとどこかに閉じ込められているんだろうなって思ってさ」
ラウラは嬉しくて思わず抱きついてしまいそうになるのを必死に我慢する。そんなの自分のキャラじゃないし恥ずかしいと思ってしまう、いつまで経っても素直になれない令嬢気質が邪魔をする。
「そ、そうか……よくここに閉じ込められているとわかったな」
「この耳のおかげさ、耳を澄ますとラウラのすんすん泣く声が地下から聞こえてきたんだ」
ユウがピンと伸びた右耳を指さした。
「う……、泣いてなどいない」
ラウラの顔は耳まで赤くなった。
少年は前髪を掻き上げて、視線を泳がせる。
「……なんかアレだな。ここじゃ雰囲気が悪い、外に出よう」
「?」
ふたりはトンネルを潜って庭園に出た。
ラウラは空を見上げる。
厚い灰色の雲に覆われた夜空、雲の切れ目から月光が夜の庭園に咲く草花を照らす。静まり返った空間に、白い雪が舞い落りはじめた。
これから季節は本格的な冬を迎える。
――逃げればこの場所にはもう戻れない。でも、わたしは国を出たあの日に、その覚悟は決めていた。だから、最後にもう一度だけフィオナ様に会えて、家族の顔が見れてよかった。これ以上なにを望むというのか……。
視線を戻すと、黒髪の少年はラウラの前で片膝を付けた。右手を胸に当て、左手を伸ばす。
そして真っ直ぐにラウラの瞳を見つめて告げた。
「姫、何もかも捨てて僕と一緒に逃げてくれますか?」
少年の言葉にラウラは息を呑んだ。
彼女の瞳はすぐに涙でいっぱいになった。口許が戦慄き、震える手で思わず覆う。
少年の顔は真っ赤だ。必死に恥ずかしさを堪えているのが分かる。仕草はぎこちなく作法もでたらめで貴族の騎士のような流麗さはない。
それでも、この日のために生まれてきたのだと思えるほど嬉しかった。自分のために不慣れなことをしてくれた彼がたまらくらなくいじらしく、愛おしかった。
「はい……、私をここから連れ去ってください」
涙がこぼれ落ちていく。ラウラは差し出された手に、自分の手を重ねた。
翌日、《極刀》が侯爵令嬢を連れ去って逃げたというニュースがリタニアス王都に知れ渡る。
攫ったのも攫われたのも《極刀》であると事情を知る国王は、今回の誘拐騒ぎを不問としたが、国民からはリタニアスを救った英雄から一転、所詮は冒険者、《極刀》はそれすら劣る盗賊だと悪評がつくことになった。
それから、一か月経っても魔王軍が西方大陸に攻めてくる気配はなかった。
そして同じ頃、準勇者《無銘》イザヤ・ブレイガルが魔境から帰還したという知らせがアイザムの冒険者ギルドに届いたのだった。
置いてけぼりにされたアルトは憤慨したそうです。




