第69話 もうひとつの戦い
魔王軍の第二陣を警戒してしばらくの間、リタニアス王国に滞在することになった。
授与式の後で大臣からお願いされたのだ。もちろんその分のお金はしっかりもらう。もっとも、はじめから半月は滞在しようと思っていたからラッキーだ。
式典の慌ただしいスケジュールは、やっぱり僕を確保するためだったようだ。
勲章を受けとったら、そりゃ断わりづらくなるもん。「え? もう帰りますけどなにか?」なんて言えるほど僕の神経は図太くない。
それから一週間、リタニアス国王から傭兵兼客人として招かれた僕らは王宮で暮らしている。ひとり一室ずつ部屋をあてがわれ、至れり尽くせりの贅沢三昧だ。
ラウラは王女のところに入り浸って密会を重ねていた。
僕も可憐な王女様にご挨拶したいのだけど、ラウラが会わせてくれない。ラウラは魔族だけじゃなく僕のことも警戒しているようだ。
僕は悪い虫なのか?
そんな彼女は王女の計らいで国王に正体を明かすことになり、先日、正式に教会から魔女認定が取り下げられ、侯爵家に戻れることになった。
実はすでにラウラが戻ってきている噂は兵士たちの間で広がっていた。早く手を打っていなければ、彼女を良く思わない連中が教会に密告していたかもしれない。ラウラを逃がしたときも王女の機転と行動の速さには舌を巻くものがある。
そんなこんなで侯爵令嬢として復活した彼女は今、実家に帰省しているのだが、もう三日も帰ってきていない。久しぶりの実家だし積もる話もあるのだろうなぁ。
「あんたバカぁ?」
僕の眼の前で腰に手を当てホバリングするアルトが、テンプレツンデレキャラの口調で見下してきた。
『あんたバカぁ?』は、女子に一度は言われてみたいセリフ第九位である。ちなみに一位は『こ、こんなのって初めて~!?』だ。
「なにがだよ?」
「だって侯爵家に戻ったんだから、もう冒険者なんてできる訳ないじゃない」
「へ?」
「ラウラは令嬢なんだから、それなりの相手と結婚して子供を産むのが役目なのよ」
「え……」
言われてみればそうだ。どうして気が付かなかったんだ。というかまさか妖精に人間社会の事情について指摘されるとは思わなかった。色んな意味でショックだ。
僕と侯爵令嬢の彼女では身分が違いすぎる。普通に生活していれば、まずお近づきになることはない。
ラウラが僕と一緒にいたのは、魔女認定から逃げるためだった。
侯爵家に戻れるなら冒険者なんてやる必要ない。僕と一緒に東方大陸を目指す理由だってなくなる。
僕と彼女の関係は、これで終わりなのだろうか……。
貴族と結婚して子供を産んで何不自由なく暮らす人生がいいか、冒険者として日銭を稼ぎながらいつ死ぬかも分からない戦いを繰り返す人生がいいか、どっちの方が幸せかなんて言うまでもない。
どよーんとしょぼーんが脳みその中で混ざり合い、衝撃の重さに耐えきれず僕は頭を垂れた。
「ちょ、ちょっとそんなに落ち込まないでよ。生きていれば出会いがあって別れもあるわよ。いいじゃないの、ラウラが幸せになるんだから」
アルトはすごくあっさりしている。きっと永い年月を生きる妖精と人間の感覚の差なのだろう。僕はそんな風には割り切れない。
◇◇◇
モヤモヤしたまま日が暮れて夜になった。アルトは遊び疲れて寝てしまった。
ラウラは今日も戻ってこなかった。僕は今夜もひとりぼっちだ。
城内にいると貴族や騎士団長に捕まり堅い会話が始まるので、最近はポツンと部屋にいることが多くなった。
僕がミレアのところに入り浸っていたときのラウラの気持ちが今になってやっと分った。
……寂しい。
僕には町の宿屋の方が気楽で向いているようだ。贅沢な悩みだけど豪華な食事も飽きてきた。今夜は城下町の飯屋にでも行ってみるか……。
ちょっとした有名人になってしまった僕は目深にフードを被り、城下で一番うまいと評判の大衆レストランにやってきた。
「ご注文は?」
「ビールと茹で豆、それからオススメの料理を一品ください」
別にお金がない訳じゃない。あまり食欲もないし、お腹が満たされても心が満たされないのだ。それにしても、評判の店と聞いていてがあまり活気がないな。さっきまでの僕みたいに、どよしょぼーんとした空気が漂っている。
「ん? あれは……」
ふと、斜め前のテーブルを見ると知った顔があった。
そこにいたのはエリテマの町長と、同席しているのは彼の家族だろう。
ひとつのパンを家族で分け合って食べている。
「一杯のかけ蕎麦か……」
あのお話のラストはどうなったんだっけ? 結末に救いはあったのか、思い出せない。
僕が蕎麦屋のマスターならどうするだろうか……。
エリテマはリタニアスまでの通り道だ。魔王軍が襲来する前に街の人たちは逃げてきて、帰れずにここにいるのだ。
聞いた話によればエリテマの町は燃やし尽くされたらしい。
まだゴブリンの襲撃から復興の途中だったに違いない。彼らは本当に何もかも失ってしまった。
僕はエリテマの人たちからひどい仕打ちを受けたけど、今の彼らを見て「いい気味だ」とか「ざまぁ」だなんて思う気持ちにはなれない。
「すみません」
気付くと僕は店員さんを呼んでいた。
「はーい、ただいま!」
小間使いの少年が元気よくやってきた。
「このメニュー表の上から下まで全部ください」
「へ?」
「それから料理はあっちのテーブルに運んでください」
しばらくすると町長一家のテーブルにワインやパン、肉料理に魚料理が次々と運ばれ、すぐに料理でいっぱいになった。困惑する町長が少年店員に確認している。
少年は僕の方を見ながら僕を指さした。
タイミングを見計らって席を立った僕は町長の前でフードを取る。
「良かったら食べてください」
目を見開いた町長の口が唖然と開く。
「ユ、ユーリッド……これは……」
「僕も町長にワインとパンをもらいました。そのときのお礼です」
「……しかし、私はお前を町から追い出したのだぞ」
「そうしなければいけなかったと理解しています。困ったときはお互い様です」
その言葉に町長は涙ぐんでうつむいてしまった。
「すまない……。感謝する、ありがとう、ユーリッド……」
僕は店内を見回して言った。
「この店にはエリテマの住人が他にもいるんだろ?」
客たちの視線が一斉に僕に集まる。
僕を見て表情を変えたヤツが住人だ。おおむね五十席のうちの半数が僕の姿に驚いている。ほとんど知らない顔だけど、道具屋の店主と石を投げつけてきたヤツの顔は覚えている。
僕と目が合うと彼らは視線をそらした。
「魔王軍がまた攻めてこないという保証はない。逃げるなら家族を連れて早く逃げろ。だけど、これは個人的なお願いだ。叶うなら剣を取って戦ってほしい」
「みんながみんな、お前みたいに強い訳じゃないんだ……」
誰かが言った。僕は続ける。
「強要はしない。だけど故郷を燃やされて悔しくないのか? これからどうやって家族を守る? 養っていく? あんたらの家族が、恋人が、娘が殺されそうになったとき、ただ勇者が助けに来てくれるのを待っているのか?」
ほとんどの者が下を向いてしまった。だけど怒りに震える者もいる。
「逃げるのもいいだろう。でも逃げた先が侵略されたらどうする? また逃げるのか? その先が侵略されたら? この盤上世界の地の果てまで逃げて、あんたらはそこでやっと後悔することになるんだ。ああ、あのとき戦っておけばよかった。戦う術を、力を身に着けていればよかったってな」
僕の言葉に反応して徐々に顔が上がり始める。その眼に憤怒が灯っていく。今は怒りでもいい。怒りの力で立ち上がれ。
「難民の中で希望する者を兵士として雇ってもらうように王様に頼んでみる。この国のために戦ってくれとは言わない。自分たちの家族を守るために剣を取って戦ってほしい」
しん、と店内は静まり返る。誰も何も言わない。しかし何人かの目の色が変わった。戦うことを決意した眼だ。
「場をシラけさせてしまったお詫びに今日は僕が奢る。エリテマの住人以外のお客さんも盛大に呑んでくれ」
居合わせた王都の人々から歓声と拍手が上がった。
翌日、大臣を通じて王様に陳情したら二つ返事で了承してくれた。リタニアスとしても兵士の増員は必須であり、正規兵と同じ待遇で雇うことを約束してくれた。
僕はそれを町長に伝える。
その後の判断は、町の人たちがそれぞれ決めればいい。守らなければいけない家族がいるなら、逃げるのも選択のひとつだと思う。
個人的な感情で僕はエリテマの人たちに戦えと言った。
そんな僕が逃げる訳にはいかない。だから僕は戦うことを決めた。僕は僕のエゴのためにラウラを取り戻す。
もう一つの戦いが今夜始まる。
次回で第六章はお終いです。
現在執筆中の第七章は可能な限り早く投稿したいと思っております。更新日が決まり次第、活躍報告にてお知らせいたします。




