第66話 魔弾
「もう射程には入っているぞ」ラウラが言った。
「いや、確実に仕留められる距離まで待とう。焦ることはない。どうせこっちは待ち構えるだけなんだ」
「わかった」
ルファルド・トーレスはとにかく硬いらしい。どこもかしこも、あそこもカッチカチだというもっぱらの噂だ。
アダマンタイトすら砕くランドフォースの戦槌ですら、かすり傷程度しかダメージを与えられなかったと伝え聞いた。
先頭で自分を無防備に曝け出しているのは、アダマンタイト以上の硬度を誇る肉体への自負の現れといえる。
リタニアス王都を囲む壁と敵軍の距離が四百メートルを切った。
地響きを轟かせて迫りくる魔族の軍団、前衛の巨人族の大きさが際立ち始め、兵士たちの間に緊張が走る。
誰もが固唾を呑む中、一体のジャイアントオーガが走り出した。彼(もしくは彼女)の手には巨大な岩が握りしめられている。
そして、プロ野球の外野手が遠投するみたいに流れるようなフォームで巨大岩をぶん投げやがった。
放物線を描きながら巨石が城壁に着弾、ドゴンッと衝撃が走り崩れた壁に穴が開いた。
城壁自体が倒壊することは免れたが、その穴はゴブリンライダーが飛び込むには十分な大きさがある。
さらに続いてジャイアントオーガとサイクロプスがそれぞれ岩を持って走り出した。
この距離から攻撃してくるなど予測できていなかった連合軍にはもはや為す術がない。
魔族との本格的な戦争を経験したことのある人間など世界でも極僅かしかいない。連合軍の作戦はあくまで人間の尺度で立案されたものである。
なんの準備もなく裏をかかれた格好になってしまった。
このままでは城壁が破壊されるのを黙って眺めているしかない。壁が崩落しなくても開いた穴から両翼のゴブリンライダーたちが飛び込んでくる。
そうなってしまえば、王都門が内側から破られるのは時間の問題だ。
破られた後のことは考えたくないが、嫌でも脳裏に浮かびあがってくる光景は〝蹂躙〟だ。
だけど、これでハッキリした。
物理攻撃を仕掛けてきたということは、敵側にもこの距離から攻撃できる魔導士は存在しないということだ。
「ラウラ、観測を頼む」
「ああ」ラウラは短く答えた。
この距離なら九割九分外さない。
僕はヘカートの銃身にアナザーディメンションで作った魔弾を装填して詠唱する。
《精霊アニマよ、我が矛を守りて敵を穿て》
銃身が仄かに光り、魔弾に加護が付与される。
狙いは横隊の中央で玉座にふんぞり返るルファルド、ヤツの眉間に照準を合わせてトリガーが引いた。
銃口から魔弾が射出、リコイルが起こる。
「命中だ。眉間を貫いたぞ」
幾らも経たずラウラは告げた。
玉座から崩れ落ちていくルファルドの姿がスコープ越しに見て取れる。
大将が不測の攻撃を受けたことで側近の魔人たちが慌てふためいている。玉座の載った荷台を引いていた巨大ワニが止まり、幹部たちの動揺はすぐに部隊全体に伝播した。魔物たちの進行が一斉に止まる。
頼む、頼むから立ち上がるな、ヤツは十二神将の中でも最弱でいてくれ……。
僕は、心の中で願った。これが通用するなら勝機はある。逆に通用しなければ死者が大勢出る厳しい戦いになる。
スコープが捉えるルファルドに、起き上がってくる様子はない。巨躯は荷台の上で横たわったまま、ピクリとも動かない。
「ふう……」
止めていた息を吐き、僕は確信する。
ゾディアック《金牛宮》ルフィルド・トーレスを討ち取ったと。
厳めしい甲冑を身に着けた副官らしき魔人が荷台に上がった。倒れるルファルドの元へ駆け寄ってきたのを見計らって僕はトリガーを引く。
「こめかみに命中」
ラウラが告げた。
今度は後衛の魔人魔導士がルファルドに駆け寄る。蘇生魔法で生き帰らせようとしているのだ。
そんなことをさせる暇は与えない。
僕はトリガーを引く。
ラウラが命中と告げる。
蘇生魔法で死者を蘇生させるためには条件がある。魂と肉体が完全に離れると蘇生は不可能になる。何分とか何秒とかは決まっていない。個体によって異なるが、完全に乖離した後は復活不能という条件に例外はないそうだ。たとえ魔人族だろうと死ぬときは死ぬ。
ミレアから借りた魔導書にはそう記されていた。
だからヤツらも焦る。新鮮なうちにルファルドを生き返らせなければならない。
「防御陣形を取るようだぞ」
大盾を持った魔人族の兵士たちが魔導士とルファルドを守るように並んで壁を作った。
粘るな……、大将も副官もやられたっていうのに統率が取れてやがる。
そんなことを思いつつ僕はかまわずトリガーを引いた。
射出された魔弾は大盾を貫通し、兵士の身体を貫き、魔導士を貫き、さらに後ろにいる兵士や魔物たちを一直線に貫いて地面に突き刺さって視界から消えた。
精霊アニマの加護によってコーティングされた魔弾はその加護が切れない限り物体を貫き進み続ける。これが魔弾の真の特性だ。
時空転移魔法が転移させられる大きさはその体積に比例する。例えば魔法の大きさが一立法センチなら同じく一立法センチの物までしか転移させられない。
これまでは遠くに魔法を飛ばそうとすると、それだけ弾丸のサイズを小さくしなければならなかった。
これではいくら遠くに飛ばせても敵に致命傷を与えることはできない。
そこで「魔弾を魔法反射の加護でコーティングすればよくね?」というアイデアを思い付く。
アナザーディメンションを高密度で凝縮した魔弾の外装をメタルジャケットのように精霊アニマの加護《魔法反射》で包む。すると加護が内包する黒球を反射し続ける限り、弾丸はサイズと形状を維持したまま潰れることなく、あらゆる物を貫通して進み続けるのだ。




