第65話 金牛宮
敵の数はたった五千、こちらの戦力の六分の一に過ぎない。数では圧倒しているが相手は人族ではなく魔人が率いる魔物の軍隊であり、ランドフォースと各地から集められた屈強な兵士のみで編成された人界軍を壊滅させた相手、まともに戦って敵うはずはない。
この三万の兵をもってしても、できることは籠城して時間を稼ぐことのみ。
周辺国からの援軍はもとより、残り二人の準勇者が帰還するまで持ちこたえれば敵を挟み撃ちにすることができる。
さらに勇者の死は勇者の仲間である魔導士《双極》アナスタシア・ベルの使い魔によってもたらされた物だ。勇者のパーティーメンバーはアナスタシアを含めて未だ行方知れず。彼らが助けに来てくれる可能性も完全には否定できない――、と連合軍の上層部は考えているようだ。
周辺国の援軍は分かる。
しかしながらだ。確かにピンチに現れるのがヒーローなのだが、準勇者と勇者パーティーの登場は希望的観測に過ぎない。戦況分析が甘くなるなら最初から数に入れない方がいいだろう。
すこし話題が逸れる。
僕はランドフォースの実力は知らないけど、ルファルドの実力に関しては正直なところ懐疑的だった。
もちろんルファルドを軽視している訳ではない。ランドフォースもルファルドも強いとは思う。いや、間違いなく強い。戦いには相性があり、ランドフォースが敗北した原因のひとつは相性の悪さだろう。それでも僕は雷帝ライディンを破ったデリアル・ジェミニがゾディアックの中でも突出して強いのではないかと睨んでいる。
だって双子座なんだぜ?
それを聞いた瞬間、警戒度がマックスに跳ね上がったね。こいつこそがラスボスに違いないってさ。
――現在、騎士団をはじめとする兵士たちが城門の裏、塔の中、城壁の上、それぞれの配置についていた。
軍隊としての訓練を受けていない冒険者の誰をどこに配置するか決める際に、僕らは騎士団から事前アンケートを受けていた。
『得意な物に〇をつけてね!
1 剣術 ( 流派 称号または段位 )
2 槍術 ( 流派 称号または段位 )
3 弓術 ( 流派 称号または段位 )
4 魔法 ( 属性 得意なレンジに〇を付けてね! 近く・そこそこ・遠く)
5 その他( 流派 称号または段位 )
6 4で「遠く」と答えた方は、マキシマムレンジを書いてね! ( )メートル』
みたいなアンケートだ。
僕が『有効射程距離2キロ、最大射程距離4キロ』と書いて騎士隊長に提出したら「ウソマジウケる失笑なんですけどププークスクス」みたいな顔をされはしなかったものの、「なに言ってんだ、こいつ……」と鼻で嗤われてしまった。
この世界では長弓の有効射程が百五十メートル、遠距離魔法でも百メートルが限界なのだから、まあ、そういう反応になるわな。
しなしながら僕はラウラとセットで城壁の上に配置された。
あの騎士隊長は信じていない様子だったが、藁にも縋る気持ちなのだろう。
見張りの兵士が、城壁の縁の上に置いた杖を抱える僕を「こいつ、何やってんだ……」って顔でさっきから見ている。
別に疲れたから寄りかかっている訳ではない。トリガーに指を添えて、いつでも狙撃できる体勢を保っているだけだ、と心の中で弁明したそのときだった。
「見えたぞ!」
見張り塔にいる兵士が声を挙げた。
前方に魔王中央軍の軍列を肉眼で捉える。
騎士団や冒険者たちが各々の配置に着いていく中、僕はヘカートに取り付けたスコープを覗き込んだ。
王都に近づくに連れて縦隊から横隊へと陣形を展開していく魔王軍。
前衛にジャイアントオーガとサイクロプスの一団を配置、その両翼にはファングウルフに乗ったゴブリンライダーの部隊、そして槍と黒い甲冑を装備した魔人族の歩兵隊、騎獣隊が続き、さらに後衛には魔導部隊が控えている。
全体的に物理攻撃系重視の編成ではあるが、攻城戦には最適な布陣といえる。
さすが大将が脳筋だけのことはある。
しかし魔人族というのは人間と良く似ているな。肌の色や眼の色の違いはたいして気にならない。個性と言ってしまえばそれまでだ。大きく異なるのは角の有無だ。簡単に説明すると魔人とは『鬼』のイメージが最も近い。
「で、あれが魔王直参のゾディアックに名を連ねる《金牛宮》ルファルド・トーレスか……」
大将であるルファルド・トーレスだが、横隊の中央にいた。部隊の中央の最前列で玉座に座ったまま移動している。どういう機構かというと馬鹿でかい荷台の上に豪奢な玉座を乗せてワニに似た魔獣に牽引させている。ヴィジュアル的には完全に世紀末の覇王だ。
ルファルドの肌は焦げた魚のように真っ黒でガサガサで、両のこめかみには闘牛の角が生えていた。生き血を啜ったような紅い眼をギラギラと光らせている。
ここからでも分かるほどヤツのチャームポイントである筋肉は隆々(りゅうりゅう)のガチムチマッチョだ。
ちなみに黄金の鎧は纏っていない。上半身裸で装備らしい装備は胸当てのみ、横隊のど真ん中、しかも前衛よりも前に出ているというのに盾役も付けずに自らを曝け出している。
おそらくバフも掛けていないだろう。
「野郎、完全にナメてるな」
「当然だ。あそこまで届く武器も魔法も存在しないのだからな」
僕の隣に立つラウラが覗いているのは、以前使っていた双眼鏡ではない。最新型の軍用フィールドスコープだ。
彼女の役割は僕の狙撃を補佐する観測手、スポッターである。
はっきり言ってしまえば、アナザーディメンションの弾丸は風の影響も重力の影響も一切受けない。ではラウラが何のためにいるのかと言うと、命中したかどうかの判定と狙撃手の護衛である。
さらに重要なのは、『彼女が視ていると当たる気がする』という感覚だ。これは持論だが、魔道士にとって一番大事なのは魔法のイメージによる補正強化である。
僕らは魔物と戦うクエストをこなしていくうちに、このスタイルを定着させた。
この方法ならば、迷宮内のボス部屋に入らずともボスを狩ることができる。いわゆるひとつのチート技ですね。
クエストにおいて安全でかつお腹も減らない、お金がだけがチャリンと入ってくるメリットしかない戦い方なのだ。
ところで、なぜ僕らが狙撃用のスコープや観測用のスコープを持っているかというと、実はこの一ヶ月の間に僕は一度帰宅している。どこに帰ったかというと、元の世界の日本にである。
で、必要な物資をネットショッピングで購入して異世界に持ち込んだ。
実を言うと、ラウラとアルトも僕に同行している。三人一緒にではなくて僕とアルト、僕とラウラの順だった。
そして、僕らは僕のいない期間にユーリッドが巻き起こしたトラブルの尻拭いに奔走するハメになった。
さらに余談だが、僕とラウラはそのとき男女の仲になった。
精神的にも肉体的にも結ばれたという意味だ。
彼女と結ばれてからは夢のようなただれた生活を数日過ごして、再びこの世界に戻ってきたのだった。
ああ……、思い返すだけでムラムラしてくる。
俺、この戦いが終わったら彼女と無茶苦茶するんだ――。
さて、積もる話はまた今度しよう。
今は目の前の敵に集中だ。




