第63話 白き死神
冒険者ギルドに足を踏み入れた瞬間、周囲がざわめいた。
フードを目深に被る僕と仮面を付けたラウラに注目が集まる。
ざわざわ、ざわざわ……。
「おい、あいつ……」
「ああ、間違いない。あいつだ……」
「あれが、白き死神……」
ざわざわ……ざわざわ……。
誰も彼も僕のことをチラチラ見ながら視線で追っかけてくる。
有名人は辛いね。しかし男の視線などいらん。若い女冒険者だけにしてくれ。
何を隠そう《白き死神》とは僕に付いた二つ名だ。
正直なところ僕はこの二つ名に納得していない。
七番目の騎士っぽくはあるが死神は死神だ。全然英雄っぽくないし正義の味方というよりは敵軍のエースパイロットみたいではないか。
ネーミングの由来は、偽名で使っているテッドが転じてデッド、つまり死、さらに転じて死神になり、いつも着用しているローブの色が白かったから、それと合わさって《白き死神》になってしまった。
他にも《連合軍の白い悪魔》なんて呼ばれることもある。
「後ろの仮面女が極刀のリーダーか? あんま強そうじゃないな」
「ああ、噂ではヤツの奴隷らしいぞ」
「奴隷?」
「女の指を見てみろよ、ありゃスレイブリングだそうだ」
「は? なんで奴隷なんかをリーダーに据えているんだ?」
「俺が知るかよ、ヤツはあの女の他にもインプの奴隷もいるそうだぞ。なんでもインプに幻惑魔法を掛けられながらあの女に毎晩の世話をさせているらしい」
「マジかよ……とんでもない変態野郎だな……」
あのー、さっきから丸聞こえなんですけど……。
幻覚トリップしたままエッチするなんて、そんなVRヘッドセットを付けながらセク□スするような高度なプレイしてないよ。
そんなことできるならやってみたいんだけど。
君たちからアルトとラウラに頼んでよ。
きっとラウラの鉄拳を浴びた後でアルトに風魔法でぶっ飛ばされるからさ。
だいたいだな、世界の平和のために魔人族と戦っている僕を死神呼ばわりするなんてひどくない?
せめて白〝い〟死神なら分からんでもないけどさ……。
――と、なぜそんな二つ名が僕に付いたのか、そう呼ばれるきっかけになった事件があった。
思わず事件と言ってしまったが、どうやら僕は死神だとか悪魔だとか言われて、ネガティブになっているようだ。
だってそれは事件などという言葉では括ることはできない互いの生命を掛けた殺し合い、戦争なのだ。
それは今から三か月前のこと、勇者が魔王に敗れたという知らせがアイザムに届いてから一か月が経過した日、魔境を守護する魔王中央軍が進撃を開始したと情報がもたらされる。
情報が本物であると証明するかのように、それまで北方大陸に潜伏していた魔人族の残党が、配下を率いて一斉に進軍を始めた。
魔人族たちは北方大陸の要所に駐留していた北方守備軍と各地で戦闘を繰り広げながら他の魔人族と合流して勢力を拡大していった。
北方守備軍の拠点となっていた村落は次々と陥落していき、占領されてしまう。
そして、兵站線が確保されるのを待っていたかのように、魔境の奥深くから魔王中央軍第一陣がやってきた。
北方大陸の防衛で手がいっぱいの北方軍を嘲笑うかのように進軍を続ける魔王中央軍は、たった一度だけ交戦した以外は、ほぼ一直線で北方大陸を縦断し海を渡り、西方大陸へ上陸を果たす。
そしてさらに次々と人族の小国を滅ぼしながら南下、そのまま東に進軍すると思われたが急に方向を変えて西に展開を始めた。
進行方向から魔王軍は次の狙いをリタニアス王国に定めていることが判明する。
リタニアス王国は自国の騎士、兵士だけでなく周辺国の騎士団、さらには冒険者ギルドから傭兵を募り、軍備拡張を急いだ。
アイザムの冒険者ギルドには最も早く傭兵派遣依頼の知らせが届く。
魔王軍がリタニアス王国領内に到達するまでの猶予は五日しかない。もって一週間だ。その期間で王国にたどり着ける国やギルドは数えるほどしかなく、集められる戦力は限られている。
魔王軍相手にたいした増強は期待できず、世界の外側、つまり盤上の世界地図にはない魔境にいる二人の準勇者を呼び戻すには時間が足りない。
アイザムの冒険者たちは、魔人と闘うなんて冗談じゃないと逃げ出す者がほとんどだった。
ノックスもネフも何も言えず黙り込んでいた。
彼らも若くないし守るべき妻や子供たちの生活のために冒険者をやっているだけだ。
魔獣や亜人の魔物と戦ったことがあっても魔人族と戦ったことのあるヤツなんてこの街にはいない。
凶悪で凶暴で強大な魔力を持つ魔人族が配下の魔物をわんさか引き連れてやってくる訳だ。
僕だって行きたくない。
誰もが尻込みする中で颯爽と手を挙げたのは怖いもの知らずの新人と名をあげたい中堅、金に目がくらんだ者、そしてラウラだった。
彼女はリタニアス王国の出身だ。国に裏切られたとはいえ家族もいる。なにより姉妹同然のフィオナ王女を見捨てることはできないと言った。
ひとりでも行くと言い出した彼女に、僕は一緒に戦うことを決意した。
男には立たなきゃいけないときがあるのだ。例え立った後すぐ無様にイってしまったとしてもだ!
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