第62話 エピローグという名のプロローグ
――ユーリッドとの死闘から一週間が経ったある日、僕はミレアに呼び出された。
そう、それは告られると永遠に幸せになれるという伝説の樹の下――、ではなかった。
「これ……本当に大丈夫なのか?」
自分の不安げな声が薄暗い地下室に反響する。
ここはバベルの門の地下倉庫、僕の前にはミレアが立っていた。彼女の右手には干からびたミイラの右腕、そして左手には干からびた右耳がある。どちらもキモいビジュアルだ。
「数百年前の担当者が秘密裏に収集していた遺物なので大丈夫なのです。もう所有者は生きていません」
「いや、そういう意味じゃなくてさ……」
ミレアが勤めるバベルの門の地下室、その入口から北に五歩、東に六歩進んだ床を七回叩くと隠し部屋の扉が開く。そこには遥か昔の担当者が枢機教会に黙って集めていた怪しげなコレクションがいくつも収められていた。
ミレアが隠し部屋から取り出してきたのが、件の干からびたエルフの片耳と、同じく干からびた右腕である。
ミレアの説明では、これらは禁忌中の禁忌、ザ・ベストオブ・禁忌といえるURアイテム、ハイエルフの始祖の右耳と魔神ヴァルヴォルグの右腕のミイラだそうだ。
ベストなのにふたつあるという事実にツッコミは入れない。理由は野暮だからだ。
どちらにしても真贋が限りなく怪しい眉唾の品である。
こいつを使ってミレアが何をしようかと言うと、僕の失った部分にドッキングさせようとしている。
ミレアは精霊の加護によって、切断された手足を再結合できる高位治癒術を使うことができる。
しかし、それはあくまで自身の手足を結合することが大原則だ。他人の手足を繋ぐことは拒絶反応が起こる危険性があるため血縁者以外の結合は禁止されている。
だがしかし、禁書で溢れるこの施設には他者の臓器を移植した実験とその方法について記された書物が収められていた。だれが書いたかと言うと他ならない我が師匠、アルデラである。ちなみに、この本はジュラル迷宮から持ち帰った物ではなく、元々この施設に収められていた物だ。
師曰く、光と闇の加護を七対三の割合でブレンドすることで、拒絶反応なく他者の手足を結合することができるそうだ。
簡単そうに書いてあるが、相反する性質の加護を絶妙にブレンドするなど容易なことではない。メド□ーア並みの難易度である。
そんな訳で現在に至るのだが、問題はすべてクリアされていない。
「僕もあの本読んだけど、人族から人族の移植しか記されてないんだけど……異種間のはないよね」
「エルフは人族に近い亜人種ですし、魔神ヴァルヴォルグのミイラも人っぽいからきっと大丈夫なのですよ」
ええー、なにそれぇー。超アバウトなんですけどぉ……。
「それにミイラだよ? ミイラを腕に付けてもさぁ……」
「アルデラの魔導書によるとミイラ状態のパーツは血液が巡り出すと元に戻るそうですよ」
「乾燥シイタケみたいだな……」
「どうします? やりますか? やめるのをやめますか?」
「なにそのドラッグ撲滅キャッチコピーみたいな質問! それにどっちを選んでも『やる』一択じゃないか!?」
「でもこのままじゃ不便じゃないですか? ユウさんだって不便だ、不便だと言って身の周りのお世話をウララさんとアルトさんにやらせてるじゃないですか」
「う……」
「片腕があるのに、ご飯が食べられないと駄々こねて、あーんしてもらったり、片腕でもできるのに歯を磨かせたり」
「うう……」
僕のダメ男っぷりが筒抜けだった件。
相変わらず攻め手に周ると容赦ないミレアさんの巻。
来週の『それいけヒモ太郎』はこの二本立てでお送りします!
「こんなチャンス二度とありませんよ? 今だけですよ? もうすぐキャンペーンが終わっちゃいますよ?」
チャンスなのか、これって? だんだんミレアがインチキセールスマンに見えてきた。
「うーん」
耳も腕も欲しいけど魔族のパーツを付けるのはちょっとな……。半端な改造人間にはなりたくないし、リスクを考えると怖いし……。あ、そうだ。地竜の穴倉に埋めたユーリッドのパーツを使えばいんじゃね?
「やってみましょうよ、ね? ね? 私も初めてですけど絶対痛くしませんから? ね?」
今度は色仕掛けだ。凶悪なおっぱい様を僕の体に押し付けてくる。
柔らかい、柔らかい、だが、負けたくない!
それにもっと味わっていられるなら、もっとゴネていたい……。
交渉次第で生乳を揉ましてくれるかもしれない。それまでは我慢だ。
「まあ、条件によってはチャレンジしてもいいかなぁ。たとえばミレアのオッパ…………――くかー、すぴー、すぴー……」
グイグイと猛アタックされた末、承諾するような態度を匂わせた途端、闇の加護で僕は眠らされてしまった。
――で、麻酔から目を覚ましたときには僕は新しい耳と腕を手に入れた。
移植後、しばらくすると干からびていた耳はピンと伸びてエルフっぽくなったし、ちゃんと音も聞こえている。
魔神(不明)の腕の方は僕の身体に同化して見た目では全く分からない。そして違和感なく普通に動く。それが逆に不気味だ……。
知らず知らずのうちに悪魔と契約させられていたり、猿の手みたいに願いごとの代わりに死んだりしないだろうか……。
ミレアは歴史的な瞬間に立ち会えて終始興奮していた。破壊力抜群のおっぱい様を押し付けながら僕の新しい耳や腕に触れている。
ああ……、これだけでも移植した甲斐があったかもしれない。
そしてミレアに一通りもみくちゃにされた後、僕は一階のロビーで待っていたラウラとアルトに新しい僕の姿をお披露目した。
アルトは僕を一目見て「なんちゃってハーフエルフね」とボソリと呟き冷やかしてきやがった。それを聞いたラウラは思わず「ぶっ」と噴き出して、その後も笑いを必死に堪えながらプークスクスしては僕をチラリと見て再び噴き出すというのを、しばらく繰り返していやがった。
……まったく、なんてひどい連中なんだ。
そんな訳で、これから本当の意味での冒険が始まる。
目指すは東方大陸。そこが最終的な目標ではあるが、やっぱりしばらくはギルドの冒険者用アパートに引っ越してアイザムに住んでみることにした。
――それから二年後、リンゴーンと鐘が鳴り響く青空の下で僕はラウラ、ミレア、アルトの三人と結婚して暮らしている。
ハーレム生活を満喫し、子供もたくさん生まれて幸せの絶頂だ。
いやぁ、異世界ってホントにいいもんですね~。さよなら、さよなら――。
もちろん冗談である。
それから二年も経っていないし、経っていたとしてもせいぜい1分、2分が関の山だ。今のはハーレムも築けたらいいなぁという僕の願望でしかない。
という訳で、やはり締めくくる結びの言葉は決まっている。
『俺たちの冒険はこれからだ』だッ!
なんて打ち切り漫画のラストみたいなセリフを叫んだ翌日、ある知らせが大陸全土を震撼させた。
《勇者、魔王ニ敗レ、死亡ス》
世界のパワーバランスが崩れたその日から、魔王軍の反撃が始まった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。これでノベル第一巻分の物語はお終いです。
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現在、魔王軍との攻防がメインとなる第二部を書いているところでありますが、可能性な限り早く更新できるよう頑張っております。
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