第61話 パーティ
「お、終わった……」
全身から力が抜け落ちた僕は両膝を赤茶けた大地に付けた。
「……助かったよ。アルトが来なかったら死んでいるところだった……」
顔の高さでホバリングするアルトに礼を言うと、彼女は仰向けに倒れたユーリッドに顔を向ける。
「ねえ、状況は良く分からなけど、あの人ってあんたの双子の兄弟? なんで殺されそうになってたの?」
「いや、話すと長くなるんだけど、この世界に元々いたもうひとりの僕だ。僕らは互いに住む世界を交換したんだけど、今になって約束を一方的に反故してきて、僕を殺そうとしたんだ」
「へぇ、あんたって異世界人だったのね」
アルトは羽根と同じアメジスト色の瞳に僕の姿を映す。
「あれ? 前も言った気がするけど。『異世界からやってきた異端者』だって。そんなことよりもアルト、お前なんでこんなところにいるんだよ?」
「そ、それは……」
悪い事をした子供のように視線をそらしたアルトを見て、僕はなんとなく経緯を察した。
「さては僕の部屋にいたずらしに来たんだな? いなかったから探しにきたのか?」
「……っ!?」
図星か。ぎくーっ! ってなった彼女の顔が紅潮する。
「そ、そうよ。宿に行ったらユウがいないじゃない……。ラウラはいるけど様子がおかしくてさ……、ラウラの傍にいたシスターからユウが血相を掻いて走っていったって聞いてね……。だから、何かあったんじゃないかって空から探したのよ、そしたらこっちの方で魔力が衝突しているのを見つけて……来てみたらユウがやられそうになってたのよ……」
「いたずらされていたおかげで、僕は助かった訳か……。なんにせよアルトに感謝しなきゃな」
改めて礼を言うと、うなずいたアルトはモジモジし始めた。
「う、うん……。あ、あのね……」
モジモジ、モジモジ。言いにくいことでもあるのか、いつもの彼女らしくない。
「なんだ? またおしっこか?」
「ちがうわよ! いつでもおしっこするみたいに言わないでよ! そうじゃなくて……仲間なのよね? あたしたちって?」
「え? 違うのか? 僕はとっくにそのつもりだったよ」
「ち、違くないし!」
「それとも嫌だったか?」
ぶんぶんと首を振る。
「それはつまり……これから一緒に付いていってもいいってことよね?」
「ああ、一緒にいてくれると嬉しいよ」
「やったぁ!」とアルトは両手を上げてバンザイした。
◇◇◇
僕とアルトが宿に戻るとミレアがラウラの傍に付き添っていてくれた。ラウラはベッドに腰を下ろて俯いている。
ドアを開けた僕のスプラッターな姿を目撃したミレアの顔がぎょっとなって口許に手を当てた。
「ユ、ユウさん!?」
大丈夫だから、と僕は片手を軽くあげてミレアに応える。
そして、うつむくラウラの前で膝を付いた。
「終わったよ」
僕は言った。
ゆっくりと顔を上げて僕の姿を捉えたラウラの瞳は、すぐに涙でいっぱいになった。口を戦慄かせ、震える手で僕の右耳があった場所に触れた。嗚咽を上げて泣き始める。
「泣かないで……もう、大丈夫だから……。ごめん、ひとりにして、ごめん……。僕が悪かった……」
彼女の手をそっと左手で握りしめた僕は、薬指に付けた奴隷の指輪に触れる。
「こんな物があるからいけなかったんだ……」
ラウラの指からリングを外そうとすると、彼女は首を振った。
「自由になりたくないのか?」
「……これが、あったから……私は変わることが、できた……」
嗚咽が交る声でそう言った。
「……これを付けていても……私は自由……、これを付けているから自由なんだ……」
僕を見つめる彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちていく。
思えばラウラの心からの声を初めて聴いた気がする。この瞬間、僕らは本当の意味で対等な存在、『仲間』になったのかもしれない。
その言葉が噓偽りのない彼女の本心なのだと判断した僕は、指輪から手を離した。
「分かった。それならこのままにしておく……」
ラウラの手を握りしめたまま、僕はいじけるように視線を逸らした。
「あのさ……、ラウラは……、あいつと……その、あいつに……いや、ごめん。なんでもない……」
言えない……。
お前、あいつにヤられちまったのかい? そんなデリカシーの欠片もない言葉を掛けられるはずがない。確認なんてとてもできない。
でも、気になって仕方ない。
気付くと僕は項垂れていた。
ユーリッドに殺されかけたときよりも精神的ダメージを受けている自分がいる。なんだよ……、僕はこんなにも彼女のことを大切に想っていたのか……。
ラウラは慌てて涙を拭った。ミレアを手招きして呼ぶ。
「あ、あの――、それで――だから――」
なにやらごにょごにょとミレアに耳打ちしている。やっぱり自分の口から言えないことがあったようだ。
これから生々しい告白が語られると思うと胃が痛くなっくる……。うう、聞きたくない……だけど聞かずにはいられない。
「えっと。その……」
耳打ちが終わり立ち上がったミレアも言いづらそうにしている。僕と目を合わせてくれない。
「ラウラさんは『私がおかしくなったのは媚薬のせいだ』と言っています」
「あー……うん、知ってる」
「それから『私はまだ誰にも奪われていない』と言っています」
「えっ!? じゃあなんであのとき否定しなかったんだよ!?」
またもやラウラがちょいちょと手を振ってミレアを呼んだ。
再び耳打ちが始まる。ふむふむとうなずくミレアの顔が次第に紅潮していく。そんなに卑猥な内容なのだろうか……。でも奪われてないって言ってたし、一体どういうことだ?
「媚薬の効果で、その……ユウさんの声を聴いただけで感じてしまっていたそうです。声を掛けられる度に体がビクンッてなって我慢するので必死だった、と……申しております」
「ほ、ほほう?」
背中を向けていたのは悲しんだり怯えていた訳じゃないのか……。
僕は、ほっ息を付いた。
「えっと、それから下着の上から体を触れただけでアレは入れられてない、そうなのです」
「え? やっぱり僕は寸前で間に合っていたのか?」
「その……、ラウラさんの話を要約するとズホンを降したとしたところで、相手のあそこが萎えてしまったとかなんとか……」
「はっ……はは……」
腰が抜けて思わず床に尻餅を付いた。
なんとマヌケなヤツだ。
それなのにあんなドヤ顔してやがったのか……。
正に我ながら恥ずかしいってやつだ。
奪われる基準について、どこまでをセーフとするのかアウトとするのかは主観によって異なるのだろうけど、本人がセーフだと言っているならセーフなのだ。
「そうか……。うん、よかったよ……」
顔を真っ赤にしてうつむくラウラ、彼女の隣で微笑むミレア、腰に手を当ててドヤ顔のアルト。僕は彼女たちを確かめるように見つめていく。
仲間……か、やっぱりいいものだな。
ノックスやネフ、捜索を手伝ってくれたギルドの連中にも礼を言わないとな。
「みんな、助かったよ……。あいつに勝てたのもみんなのおかげだ。ありがとう……、お礼は、また……今度……す、る――」
魔力の枯渇と疲労で僕はそのまま倒れて意識を失ってしまった。
次回で第一部は最終話です。
本日の夜に更新予定デス!




