第60話 自問自答
天を仰いだ僕の眼に、一筋の流れ星が映り込む。
ユーリッドの背後、夜空を高く飛翔する光の筋、幻想的な異世界の流星……、違う。それは流れ星ではない。そいつはゆっくりと夜空を飛行している。
その飛行物体には見覚えがあった。
紫色の羽根、ビリジアンの美しい髪、間違いない。インプの妖精アルテミスだ。
どうしてこんなところに? いや、そんなことはどうでもいい。アルトに賭けるしかない!
だけど伝えている時間はない。発せたとしても一言だ。呼べ! 叫べ! 彼女の名を!!
「アルトォォォォォォオッ!!」
僕が声をあげた直後、黒球が体を撃ち抜いた。
腹、胸、脚、腕、首、次々と体に空洞が生まれていく。欠損して消失していく。
最後に頭を飛ばされて、僕は死んだ――。
きっとあいつの眼にもそう映っているのだろう。
僕にはそう見えている、はっきりと。
僕も、彼女の魔法の影響下にあるのだ。
「ふ、ふふ……、ふふふっ! ハハハハハッ! ついにやったぞ! ボクを殺したぞ! これで障害は消えた! もうボクを脅かす存在はいない! ボクは勇者になるんだ!」
勝利に酔い痴れるユーリッドの背後に回り込み、僕はユーリッドに向けて時空転移魔法を放った。
抉るように右腕を転移させる。
杖を掴んだまま残った手首が、ぼとりと地面に落ちて野郎の肩から赤い血が噴き出した。
「……え?」
幻惑魔法の効果が解けたユーリッドは、ポカンとした表情で消えた右腕を見つめた。
「ど、どうして……」
「束の間の勝利の味はどうだった? さぞ気持ち良かったろ?」
僕は言った。息も絶え絶えだが、精一杯に虚勢を張る。
ユーリッドの腕を奪った時点で魔力が寄せ波のように戻ってきた。
今、綱引きの綱の中心は、ほぼ互いの中央にある。
しかし傷が深い分、こちらが不利だ。
「なんでお前が……僕の後ろにいる?」
ユーリッドは顔を驚愕の色に染めた。
「お前が観ていたのは幻覚だ」
アルトは僕を助けるためにユーリッドに幻惑魔法を掛けたのだ。
黒球が僕の体を貫く寸前で僕は魔法を躱した。そして僕が立っていたその場所には〝三人目〟の自分がいた。同時にヤツの視界から僕は消えた。
それを見た瞬間、僕は震えた。涙が出そうになった。
彼女はたった一声、自分の名前が呼ばれただけで僕のピンチを察し、自分がすべきことを判断して即座に実行してくれたのだ。
僕はユーリッドが幻覚を攻撃している間に、背後に回り込み、形勢を逆転した。
「ちょっと、なになになにっ!? 一体なによこれ!? ユウが二人いるじゃない!? いったい何がどうなっているのよ!? ていうかあんた腕がないじゃん!」
空から舞い降りてきたアルトが僕の隣でホバリングする。
「よ……、妖精? インプ? まさか……ボクが見ていたのは幻惑魔法?」
「お前の敗因を教えてやる。毒に侵されちまったことだ」
「……毒?」
「時空転移魔法は魔導士にとっての猛毒なんだ。魔法を過信し、魔導士を慢心させる。独りよがりにさせる」
あのとき、異端審問官と戦ったときが僕にとっての分岐点だった。ターニングポイントとなった。
ソルモンに殺されかけていなければ、僕は眼の前のいるこの男のようになっていただろう。力を過信し、傲慢になっていた。
こいつは間違いなく僕だ。
もうひとりの禅宮游の可能性なのだ。
「少し前の僕も、お前と同じだった」
僕は途中で気付くことができた。その差が僕らの命運を分けた。
「強力な魔法を手に入れて自惚れた。どんな強敵でも敵じゃないって……。でもそれは間違いだったと気付いた。僕はたまたま運が良くて、勝ってきただけだと」
「そして、もうひとつ。僕とお前の決定的な違いを教えてやる」
「……違い?」
「仲間の存在だ。お前は負けたことがない。ひとりで何でもできると思い込んでしまった。僕は一度殺されそうになっ――――…………、やっぱりやめた。自分への説教なんて気持ち悪い。とにかくそれがお前と僕の決定的な違いだ」
「な、なあ……一時休戦しないか? この出血量はさすがにヤバい! キミだって長くは持たないぞ……」
「アルト、光の加護を頼めるか?」
「まったく世話が焼けるわね」
そう言いつつも頼られることが嬉しのか、アルトは無詠唱で光の加護を掛けてくれた。ピタリと出血が止まる。
僕とアルトのやりとりをただ傍観するユーリッドの開いた口が塞がらない。
思っていたとおり、僕と一緒でヤツも加護が使えない。
布や包帯できつく縛らなければ止血は困難だ。あったとしても片腕でやるのはしんどい。もっともそんな暇を与えるつもりはない。
さらに魔力が自分の方へ傾くのを感じた。完全に綱引きの綱は自陣にある。
「きょ、共闘しよう! ボクたち二人なら勇者になれる! 魔王だって倒せる!」
「断る」
にべなく切り捨てた僕はユーリッドに向かって足を踏み出した。
「ゆ、許してくれ! こんなことはもうしない! 勇者も諦める! そ、そうだ、わかった! 今すぐ向こうの世界に帰るから! 大人しく暮らすから! 許してくれ!」
「……本当か?」
「もちろん! 嘘じゃない! だから殺さないでくれ!」
僕は深く長い息を吐いた。
自分との問答なんてちっとも面白くない。それどころか自分と見つめ合うだなんて不快で仕方ない。自己嫌悪……みたいな物か。
「お前は僕だ。僕はお前だ。だから僕の答えをお前は知っているはずだ」
「じゃ、じゃあ許してくれるのか?」
「許すかどうか、自分の胸に手を当てて聞いてみろよ?」
僕は左手を真っ直ぐ伸ばしてユーリッドの胸を指さした。
「……胸?」
ユーリッドは残った左手で自分の胸に手を当てた。血の気の引いたヤツの顔がさらに真っ青に染まる。
「あれ……?」
ユーリッドは泣き出しそうな顔で僕を見つめる。
「そんな……嘘だろ? ないぞ……ない、ないないないないナイナイない! ない! 僕の鼓動がない!」
「それが答えだ」
「いやだ……しにたく、ない……」
細かな泡を立てた血が口角から溢れ出し、崩れ落ちるようにユーリッドは倒れていった。
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