第57話 俱(とも)に天を戴(いただ)かず
「……なんだと?」
「だってそうだろ? キミが死ねばどっちの世界もボクの物になるんだからさ。だから死んでよ。キミの存在は超邪魔だ」
今度はこちらが溜め息を吐く番だった。
どうしてこいつはこんなに変わってしまったんだ、初めて会ったときはもっと前を向いていた。希望を持っていた。
こいつをこんな風に変えてしまったのは僕の世界なのか――。いや、それは違うだろ。環境のせいにするのは間違っている。
僕も同じ過ちを犯した。
でも結局は自分次第なんだ。転んだ後にそのまま不貞腐れて寝ているのか、再び立ち上がるのかは自分次第だ。
例え誰かに転ばされたとしても、その後の行動を決めるのは自分だ。世の中のせいにしたってどうにもならない。
「ユーリッド、僕はある意味で、お前を尊敬していたんだ。僕と違って色々考えていて、自分から運命を変えようと必死だった。あのとき、死のうとしていた僕はお前に助けられた」
ユーリッドは肩をすくめた。
「今だって運命を変えようと行動しているつもりなんだけどね」
「ああ、そうかもしれない。だけどお前は絶対にやってはいけない二つの過ちを犯した。ひとつは、もうひとりの自分である僕の信頼を裏切ったこと、そしてなにより、僕の大切な仲間を傷付けたことだ。僕はお前を何があっても許さない」
ふん、とユーリッドは鼻を鳴らす。
「勝てると思っているのかい? 一時は総魔力の四割近くまで持っていかれたけど、こっちで僕は魔物を殺しまくったからね、全盛期の魔力総量の八割まで戻せたよ。使える魔法も同じ、身体能力も同じだとしたら、魔力量の少ないキミに勝ち目はないよ。こんなガキでも分かる勝負をするのかい? 今なら苦しまずに殺してあげるよ。どうせキミはあの日に死んでいたんだ」
ドヤ顔で語るユーリッドに、僕は啖呵を切る。
「だからなんだ? 僕はお前をぶっ殺す」
僕らの間に静寂が生まれた。
視線を切らずに相手の出方をうかがう。
すでに互いに無詠唱魔法の必中範囲に入っている。さながら荒野で決闘するガンマンになった気分だ。
どちらかが撃てば、すかさず反撃がある。
この対決の結末は共倒れしかない。
そして先に動いたのはユーリッドだった。
ヤツは椅子から立ち上がり、テーブルに置いてあった鉄仮面を手に取る。
「互いの利害が一致したということだね。ハッキリ言ってしまえば、この場でキミを殺すのは簡単なんだ。だけどそれはできない、だって僕は人族を守護する勇者になる男だ。むやみに人を殺すことも街を壊すこともできない。だからアイザムの北の荒野、地竜の穴倉でキミを待つよ。そこで思う存分やろうじゃないか。逃げるなよ? ボクらは不俱戴天だ。どちらかが死ぬしか道はない」
そう言い残して、ユーリッドは窓から飛び降りていった。
驚いたことにヤツは空を飛んでいた。
あんなこと僕にはできない。
つまり、あれはユーリッドがこちらの世界に戻ってきてから会得した魔法ということになる。
僕はすぐにユーリッドの後を追わず、ヤツの姿が完全に見えなくなるまで待った。
静まり返る部屋に残っているのは僕とラウラのふたり。ラウラは背中を向けたままだ。
「ラウラ……」
僕の呼び声に彼女はびくりと肩を震わせる。
そんな彼女の肩に触れようとした伸ばしかけた手を僕は止めた。
情けない。なんて声を掛けていいか分からない。
「……すぐに戻る。僕らの宿に戻って待っていてくれ……」
返事はない。うなずきもしない。ただうつむいて震えている。
「ラウラ……今はまだ上手く言えないけど、僕はラウラと一緒にいたいと思っている。これからもずっと旅を続けたい……だから、泣かないで……。僕が君を守るから……これからずっと、僕に君を守らせてほしいんだ……。あいつに勝って戻ってきたら――」
途中で僕は口を噤んだ。これじゃあまるでフラグだな、と頭を掻く。
ラウラを残していくのは心配だけど、あいつを野放しにできない。
「それじゃあ、行ってくる」
◇◇◇
商人街を出て街を駆け抜ける。冒険者ギルドの前まで戻ってきた僕の視界の端に、深夜の街をうろつく少女の姿を捉えた。スカイブルーの修道服、ミレアだ。彼女はまだ捜索を続けてくれていたのだ。
「あっ、ユウさん! ラウラさんは見つかりま――」
ミレアが言い終わる前に僕は彼女の肩を掴んだ。
びくり、とミレアの肩が強張る。
「ミレア、頼みがある! この先の商人街にある『梟の宿り木』という宿屋にラウラがいる。彼女を保護して僕の宿まで送ってほしい!」
「えッ? 見つかったんですか!? でもいったいなにが……」
「詳しい説明は後でする、だから頼む!」
「わ、わかりました! とにかく気を付けて!」
僕はうなずき、再び走り出した。




