第55話 歪み
天蓋の付いた大きなベッドに仰向けで横たわっているのは桃色の長い髪をした少女、その白い肌が露になっている。
しかし全裸ではなかった。薄い布地のキャミソールみたいな下着を付けている。
彼女に覆いかぶさろうとする少年がいた。
ズボンのウエストに指を掛けた少年は、突然部屋に入ってきた僕は見たまま固まっている。
そのズボンには見覚えがあった。ああ、それはもう見間違えることなんて有り得ない。
僕が元の世界でずっと履いていたヴィンテージジーンズだ。
間に合った……のか……?
少年がジーパンを脱ごうとしているのか、すでに済んだ後で履こうとしているのか、冷静さを失っている今の僕には写真に写った朝日と夕日並みに判別することができない。
前者であると信じたい。
そうでなくては困る。
認められるはずかない。
例え遺伝子が同じだとしても、同一人物だったとしても、彼女の純潔を散らすのは僕でなくてはならない――、そんな激しい嫉妬心が沸騰するように僕の中で生まれた。
僕の姿を視界に捉えたラウラは覆いかぶさる男の体を押しのけた。シーツで身体を隠して背中を向ける。
隠しきれない白い背中をこちらに向けて、肩を震わせている。
少年は何事もなかったように腰から指を離した。そしてバツが悪そうに頭を掻く。だが、すぐに勝ち誇ったように微笑みやがった。
「やあ、久しぶりだね」少年は言った。まるで街で偶然、友人を見掛けたときのように平然と言った。
「お、おまえ……ここで、なにしてやがる……」
声を震わせ、拳を握りしめた僕を、ユーリッドはキョトンとした顔をしながら首を傾げた。
「なにしてるって……、そりゃあ自分の世界に戻ってきただけだよ?」
「ふ、ふざけるなよ……」
ひょうひょうとふざけたことを抜かしやがるユーリッドの態度に頭の血管がブチ切れそうだ。
「いやぁ、それにしても君はすごいな。こっちの世界でこんなにも成りあがっていたなんて驚きだよ。さらにこんなにも美しい奴隷まで飼っているんだもん」
あはは、と薄っぺらな賛辞と薄っぺらな拍手を送ってきやがった。
胸糞が悪くて反吐が出そうだ。
「いいから質問に答えろ! なんでここにお前がいる!?」
「さっきも言っただろ? 帰ってきただけだって」
あくまで余裕を保ち、緩慢な動きでユーリッドはベッドから降りた。床に投げ捨てられていたシャツを拾い上げる。
「まずは礼をさせてくれ。キミのお陰で夢のような時間を過ごすことができたよ。お察しのとおり、このスレイブリングはボクらを同一人物として認識したようだ」
シャツのボタンを留めてから、黒いローブを羽織っり、ユーリッドは玉座に王が腰を掛けるように悠々と椅子に座って足を組んだ。
「ボクは今日、この街に到着したばかりなんだけどさ、宿を探そうと街をふらついていたらいきなり彼女に声を掛けられてね。なんと彼女は一目眼が合っただけでボクらが別人だって気付いたよ、信じられるかい? すごいよね。でもさ、やっぱりリングの力には逆らえなかったみたいなんだ。逃げ出すこともできず命令に従ったよ。お願いすればなんでも言うことを聞いてくれた。別にいいよね? 僕らは同一人物だ。ということは彼女はボクの奴隷ということになる」
「っの野郎っ!」
ユーリッドをぶん殴るために足を踏み出したそのとき、「なあ、そうだろ?」とユーリッドがラウラに優しく声を掛けた。
反射的に僕は視線をラウラの背中に向けた。そして否定してくれと願った。
だけどラウラは答えない。背中を向けてうつむいたまま肩を震わせる。体を守るようにシーツの裾を握りしめている。
怯えるように震える彼女の姿にユーリッドにぶつけるべき怒りが霧散していた。
「キミとは積もる話があるんだ。座って話そうよ」
椅子に座るように促されるが、動揺を隠せずに立ち尽くす僕にユーリッドは肩をすくめた。
「キミ、自分の魔力が徐々に落ちてきていることに気付いているかい?」
「なんでそれを……お前が知っている?」
思考が追いつかず、僕は自分の弱点となる情報を素直に答えてしまった。完全にユーリッドのペースに呑まれている。
ユーリッドはパンッと手を打った。
「やっぱりそうか、ボクの考えは正しかった。どうやらボクらは一本のロープを引っ張り合っているようだ」
「……ロープ?」
「そう、ボクもね、向こうの世界に渡ってからしばらく経って自分の魔力が弱まっていることに気付いたんだ。ボクはその原因を『この世界』にリンクし始めているためだと思った。でもそれは勘違いであることに気付いた。なぜ気付けたのか、その理由が気になるかい?」
ユーリッドは勿体ぶるようにセリフを区切った。
「ある日を境に全国各地でUMA、こっちで言うところの魔物の腕や足や頭が発見される事件が相次いたんだ。これが何を意味するか、キミには解るよね?」
解る。
原因は僕だ。
僕が今まで倒してきた魔物の一部、それが元の世界へ、日本に転移していたのだ。




