第54話 偽物
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「……ど、どんなローブだった?」
僕の声は震えていた。
きっと焦燥が表情に出ていたのだろう。ノックスは訝しげに眉をひそめた。記憶を手繰るように顎髭に触れる。
「そういや黒いローブだったな……杖の形も違ったような……、でかい水晶みてぇな魔石が付いてたな。あんときゃ、俺はてっきりお前がイメチェンでもしたのかと思ったぜ」
「っ……」
僕は思わず口を抑えていた。
「おい、どうした? 顔色が悪いぞ、ゲロか? 吐きたいのか?」
間違いない、あいつだ。あいつがこの世界に来ている。
どうして今さら、このタイミングでこっちに来た……。
とても嫌な予感がする。
ラウラはスレイブリング(奴隷の指輪)を身に付けている。
もし僕の考えが間違っていなければ、ラウラはあいつに抵抗することはできない。
最悪だ……抵抗できないということは――。
ダメだ、考えるな、今はそんなこと考えている場合じゃない。
なんとしてもラウラを見つけ出すんだ。
突然ひどい頭痛に襲われ、僕は頭を抑えた。
「ノックス……」
「おい、大丈夫か? 顔が真っ青だぜ?」
「そいつは僕の偽物だ」
「に、偽物だとッ!? そりゃどういうことだ?」
「ごめん、今は詳しく説明している時間がないんだ……。だけどローラを探すのを手伝ってくれないか? クエストとして報酬を用意するからどうか頼む」
藁にも縋る思いで僕はノックスの肩を掴んだ。
口より先にノックスは僕の手首を掴み返してきた。彼は僕の眼を真っすぐに睨み付けて言った。
「バカ野郎、俺たちはダチだろうがッ! ネフやギルドの連中にも声を掛けておくぜ!」
僕はノックスに頭を下げて走り出す。
街の中心部から郊外に向かって渦を巻くように僕はラウラの目撃情報を尋ね回った。
ラウラの特徴を伝えると、桃色の髪をした少女を見かけたという人たちはたくさんいた。だが、行先までは分からなかった。ヤツは僕がこの街にいることに当然気付いているだろう。途中でラウラに変装させているかもしれない。
「くそ……どこに行った!」
時間だけが過ぎていき、焦りだけが募っていく。
偶然にも夕飯の買い出しに来ていたミレアに事情を説明すると、彼女もラウラの捜索を手伝ってもらえることになった。
アイザムはそれほど大きな街ではない。少なくともリタニアス王国よりは小さい。
しかし、〝それほど大きくない街〟と言ってもアイザムは商人や冒険者の街だ。外から入ってくる人が多ければ宿の数もそれだけ多くなる。
そして女を連れ込むなら宿屋しかない。僕は小さな民宿から大きな宿屋まですべて回り、門が閉まる夜更けになっても一軒一軒扉を叩いて店主を呼び出した。
深夜突然やってきて嫌な顔もされた。怒号も飛んだ。
そんなものは新入社員時代の営業で慣れている。いくら怒鳴られようと僕は引かなかった。
なんの手掛かりも掴めずなく、もうすぐ日付が変わろうとしている。目撃情報はあっても依然として居場所は掴めなかった。
ノックスたちと会ったら彼らには礼を言って一度帰宅してもらおう。さすがに夜通し走り回らせる訳にはいかない。後は自分ひとりで探すしかない。
僕は走り続けた。
街を走り回り、最終的にたどり着いた場所は、アイザムの西側にある商人区域だった。
冒険者の僕は普段なら立ち入ることはない。
その理由は、この一帯は冒険者を毛嫌いしている商人が多いからだ。中にはあからさまに見下してくる連中もいる。
付近の飲食店や宿屋は結託していて、自分の店に商人たちが寄り付かなくなってしまうことを危惧して冒険者の客には法外な値段をふっかっけてくることもあるそうだ。
だからラウラたちがここにくる可能性は低い。
そう考えて後回しにしていたのだが――、
「あれ? にーちゃん、さっきまで部屋にいたんじゃないのかよ?」
宿屋が並ぶ通りを歩いていると、若い商人が声を掛けてきた。
「まったく勘弁してくれよな。ここらの宿は冒険者が泊まる安宿と違って壁に隙間はねーが、あんだけ騒がれちゃムラムラしちまって寝れねぇつーの、まったくよ……。んな訳で俺も女を買いにいってくるぜ、んじゃな」
男は眠たそうに欠伸を掻いた。
僕の背筋が凍り付き、気付いたときには男の胸倉を掴んでいた。
「いってぇな! なにしやがる!?」
「お前の部屋はどこだ?」
力任せに襟を捻り上げて睨み付ける。
「は、はあ!?」
「死にたくなかったら今すぐ答えろ」
「さ、三階の一番左だ……」
男が指さしたのは成り金商人用の高級宿、その三階の窓だ。
その隣の部屋にラウラとあいつがいる……。
宿屋のドアを押し開けた僕は広いエントランスを抜けて中央の階段を駆け上がる。
三階の通路を左に曲がり、その部屋のドアを転移させて消失させた。ノックなしに部屋に押し入る。
土日は更新をお休みします。




