第49話 気付いちゃった
そんな事情もあって最近は、なんやかんやとラウラといるよりミレアと一緒にいる時間の方が長い。僕が宿に帰るのはいつも日が暮れてからだ。
それがどうもラウラは気にいらないらしく、彼女の機嫌を損ねている。
確かに剣術の稽古がおろそかになっていることは認める。自分から教えてくれと頼んだのだから僕にも非があるだろう。
僕は自分の非を認められる素直な男である。
なので、安息日前日の夜、元世界でいうところのサタデーナイトにラウラを連れて食事にきていた。
美味しい物でも食べて機嫌が良くなればいいのだけど……って、あれ? なんで僕がラウラの機嫌を気にしなければいけないのだ?
まあ、いいか……。
連れてきたのは新鮮な魚介類をふんだんに使った料理を提供することで有名な漁業組合直営の店である。
安い美味い新鮮が売りのこの店には、大衆店ならではのガヤガヤとした喧騒で溢れていた。
お通夜みたいに静かなのは僕らのテーブルだけだ。
彼女は黙々と二枚貝の酒蒸しを食べている。美味しい物を食べたときに見せるいつもの「んふーっ!」みたいな恍惚な表情はない。
無論、仮面を付けているから表情は分からないけど、それなりの時間を一緒に過ごしているから、だいたい雰囲気で解る。
そんな彼女との食事中に僕は、ふと盲点に気付いた。気付いてしまったのだ。
本来の目的であるロード・トゥ・トーホーについてだ。
「なあ、ラウラ」
「なんだ? 食事中だぞ」
ラウラは二枚貝の身にフォークを突き立てた。グサリと必要以上にフォークが突き刺さり貝殻ごと貫通する。
ううっ、そこはかとなく怒りのアトモスフィアを感じる……。
というか、仮面を上にずらして口許を露出させた状態で、あーんと口を開ける彼女の姿はなんていうかすごくエッチだ……。
ごほん、と気を取り直して僕はラウラに提案する。
「思ったんだけどさ、大陸を横断して東海岸に向かうより、アイザムの港から西に向かってぐるりと大地を一周して東方大陸に行けばいいんじゃないのか?」
西方大陸はひどく乱暴に例えると直角二等辺三角形を逆にした形をしている。
左の頂点に近い位置(と言っても内陸だが)にあるのがリタニアス王国で、ここアイザムは左の頂点から少し南に下った場所に位置している。
東方大陸へ行くには東海岸にあるミオク島のファタ港から船で渡るしかない。
ファタ港に至る最短の距離は中央山脈を越えるルートだ。
ヒマラヤ級の山々が連なる中央山脈ルートには、五大竜族の蹇竜王とその配下たち、そして眷属のドラゴンが生息している。
思い上がりかもしれないが時空転移魔法なら勝てる気もしなくはない。だけど問題はそっちじゃない。素人がいきなりガチ登山に挑戦するようなもので、まず山を越えるのは無理だ。
北側の迂回ルートは冬季になると進めなくなるため、現実的に考えると沿岸をたどっていく南ルートしかない。
拠点となる街でクエストをこなして資金を溜めて進む。これをファタ港に着くまで繰り返す。これが当初の計画であり、年単位の時間と比例して労力が必要になる。
だが、西海岸の港から東方大陸に向かえば、大陸を横断するより遥かに早く着く。なんで今まで思いつかなかったのだろう。
「ほう? で……誰がその船を出すと思う?」
ジト目で見返されてしまった。仮面で見えないけど間違いない。
「誰って……頼めばいいんじゃないの? 港に出入りしている商船とかさ、いっぱいあるじゃん」
ラウラは「はあ……」と大きく溜め息をついた。「お前は大馬鹿者だ」と言わんが如く。
「教会の信徒が八割を占める西方の人間は世界が円盤状だと信じているのだぞ? 海の最果ては滝になっていて奈落へと落ちてしまう、落ちれば二度と戻って来られない、そう信じる者たちが応じると思うか? 例え金に目をくらんだとしても、そんなことしたら枢機教会から目を付けられるだけだ」
「う……」
ラウラにまともなことを言われてしまった。
悔しさのあまり僕は思わずテーブルに拳を打ち付けた。
「くそっ、冒険心に溢れた気概のある船乗りはいないのか!」
「信者ではない少数部族の船乗りを探せばいるかもしれんが、探している間に密告されて再び追われる立場になるだろう。運よく出航できても海上で聖都騎士団のガレオン船に襲われるかもしれん。誰もそんなリスクは負わない」
海上で襲われれば逃げ場がない。文字通り海の藻屑になってしまう。そもそも船で西に進み続けても東方大陸に着ける保証はない。
コロンブスのように新たな大陸を発見してしまうかもしれない。
「くそぅ、やっぱり陸路で行くしかないのか……」
急いでいる訳じゃないからいいや、と肩の力を抜いたときだった。
「よう、極刀!」
「お前らシルバーになったんだってな?」
話しかけてきたのはノックスとネフのベテラン冒険者の二人組だ。彼らは僕とラウラが冒険者ギルドを初めて訪れたときに後ろのテーブルで会話していた男たちである。
「まあね、これも先輩方のおかげッスよ」
「言ってくれるぜ、んなこと微塵も思ってねぇクセによぅ」
眼帯のネフは僕の胸に付いたシルバーの銀翼徽章を見て酒臭い息を吐く。
「俺様を追い抜きやがった承知しねぇぞ!」
ガハハハッとノックスが豪快に笑い、二人は僕らのテーブルに付いてビールを注文した。
いつの間にか彼らとは顔合わせれば酒を酌み交わす飲み仲間になっていた。この店を教えてくれたのも彼らだ。
ちなみにどちらの苗字もマルゲインではない。受付嬢に確認してもらったところ、このギルドにはマルゲインという名前の冒険者は登録されていないそうだ。
「そういえば聞いたかあの噂をよ!」
そう声をあげたのは赤ら顔のノックスだ。
「噂?」
「ああ、仮面魔導士の噂だ!」
むむ、出たな……僕のパクリ野郎、仮面魔導士め。




