第39話 港町アイザム
中立都市アイザムは漁業組合と商業組合が共同で管理する港町だ。
西方大陸の西海岸では三番目に大きい港町であり、アイザムに揃わない物はないと言われるほど各地、各国からのあらゆる商品が取引されている。
そのアイザムの西の玄関口と呼ばれるラテス運河を渡る橋の上では、地方からやってきた商人や冒険者に商品を売りつけようとする商魂たくましい地元商人たちが、橋の両端にゴザを広げて自慢の品々を所狭しと並べていた。
並ぶ商品を物色しながら手綱を握る僕の馬車は、現在二馬力になっている。一頭は以前から馬車を引いてくれている牡馬のメンデルソン、そしてもう一頭はクリーゼさんが世話していた栗毛の牝馬、モンブランだ。
僕らはクリーゼさんの家を離れるときに、一緒に彼の馬も連れていくことにした。馬の名前は聞いていなかったため、とりあえずモンブランと名付けている。
そのまま野に放っても良かったけど、一頭で生きていけるか心配だし、魔物に襲われて喰われてしまうかもしれない。
そんなモンブランは僕らに恩義を感じているのか、さっきから落ち着かない様子のメンデルソンがふらりと反対車線に出ようとすると、先に動いてブロックしてくれている。
だから僕は安心して御者台から各国から集まった商品を眺めていられる。
特に買う気はないけど、どれも珍しい物ばかりで見ているだけでも十分に楽しい。
そんな僕の目にある商品が留まった。
それはペルシャ絨毯っぽい模様のゴザの隅に置かれた変なデザインの仮面だ。
僕は思わず手綱を引いて馬たちを止めた。
御者台から降りてまじまじと仮面に顔を近づけて観察する。
このデザイン……、どこかで見たことがある気がする。
あっ、アレか――と思い出したのは、血を浴びると触手がにょきッとのびて、頭を貫き吸血鬼になれる石仮面だ。それとよく似ている。
素材は石ではなく陶器のようだ。表面がつるりとしている。
「おやっさん、これいくら?」
ゴザの上で胡坐を掻いて寝息を立てていたおっさんが顔をあげた。
目を擦りながら僕が指さした商品に焦点を合わせる。
「ん、ああ、これか……あー、そうだな、カイン銀貨五枚でどうだ? こいつはなかなか出回らないレア物だぞ」
絶対ウソだ。ガラクタだって顔に書いてあるじゃん。僕が異邦人だから銀貨五枚なんて吹っ掛けてやがるな。
僕は大げさに肩をすくめてみせる。
「おいおい、おやっさん、そりゃ冗談だろ? 僕は親切心で買い取ってやろうっていってんだぜ? 銀貨五枚はないだろ」
「親切心だぁ? あんた、何いってんだ」
店主は負けじと大仰に眉毛を釣り上げてみせた。
「この仮面、一目見て分かったけど呪われているぞ」
「はっ、その手には乗らねぇよ」
憮然と首を振る店主に追撃を加える。
「そう思うのは勝手だけど、これは事実だ。こいつは持っているだけで所有者に害をなす呪いが掛けられている。よく思いだしてみろよ、最近悪いことは起きなかったか? 身体の調子はどうだい? 特に下半身だな、たとえば胃腸の調子が悪いとか尿の切れが悪くなったとかないか? 身内や知り合いに不幸はなかったか? そいつは全部呪いのせいだ」
店主の顔が微かに曇ったのを僕は見逃さなかった。
これは心当たりがありそうだな。
単なるバーナム効果である。誰にでも当てはまるようなことを適当に言っているだけで、明確な根拠はない。
この年齢なら持病のひとつくらいあって当然だし、身内や知り合いの不幸だってあるだろう。しかも不幸の定義なんて曖昧だ。なんとでも捉えることができる。
「しかもどんどん呪いが強くなっていくタイプだ。早いうちに手放した方がいいぞ。このままだとあんた死ぬわよ」
僕が某占い師ばりにはっきり死の宣告をすると、店主は溜め息を吐いた。
「わかったよ。銀貨三枚で売ってやる」
「いいや、銅貨十枚だ」
オヤジは舌を打った。
「ちっ、銀貨一枚と銅貨八枚!」
「銀貨一枚!」
「銀貨一枚と銅貨三枚!」
ふむ、おそらく仕入れ値はもっと低いと思うけど、これぐらいが妥当だろう。
これから街に入るっていうのに商業組合に目を付けられても困るしね。
「よし、買った!」
「もってけドロボー!」
僕らは握手して交渉成立だ。
硬貨と仮面を交換した僕は御者台に戻り、手綱を振ると馬たちが歩き出す。
「なんだその呪われてそうな気味の悪い仮面は? 無駄遣いしおって、まったく」
ラウラが荷台から顔を覗かせた。お母さんみたいなことを言って顔をしかめている。
「無駄とはご挨拶だな、これはお前のために買ってやったんだぞ」
「わ、わたしのためにか?」
ラウラはドギマギといった具合に頬を紅く染めた。
「お前の顔は目立ち過ぎるんだ」
「そ、そうか?」
「ああ、この街に来てみて思ったが、ラウラの顔は綺麗すぎる。嫌でも目を引いちまう、それくらいだ」
「そ、そうか……そんなにか……」
どんどん顔が紅くなっていくラウラの頭頂部から湯気が立ち昇っている。
意外と初というか押しに弱いんだよな、こいつ……。
このままではオーバーヒートするかもしれんが、構わずに話を進める。
「僕らは指名手配犯みたいなもんだから、なるべく目立たない方がいい。これから外出するときは顔をこいつで隠しておけ」
「しかし、それならユウの方が目立つのではないのか?」
「いや、どうやらこの街には東方人がまったくいない訳でもなさそうだ。さっきまで誰も僕のことなんか見ていなかったけど、ラウラが顔を見せた途端に視線を感じるようになった。さっさと荷台に隠れていろ」
「そ、そうか。なら仕方ないな」
ラウラに仮面を手渡そうとして、僕は手を止めた。
「でも、本当に呪われていたらどうしよう……」
マジで顔に付けた瞬間、鋭い触手が脳に突き刺さったりしないだろうか……。
「よし、ラウラが付ける前に僕が試してみる」
「道具屋で鑑定してからの方がいいのではないか?」
心配そうにラウラが言った。
「まあ、大丈夫だろ。それに鑑定だってタダじゃないんだろ?」
「う、うむ……」
両手で仮面を持ち、僕は顔を覆う。
おうっ、陶器がひんやりと冷たくて気持ちいい……――、
「うわぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっ!」
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