第30話 arms
老人の家はエリテマにある僕の家に毛が生えたくらいの質素な家だった。
ただ母屋の裏に煙突の付いたレンガ造りの小屋が建っていた。
しかしそちらは居住のためではなく作業場のようだ。そう判断した理由は、リビングの棚に並べられた指輪や腕輪、短剣などの装飾品の類だ。
どれも魔石が埋め込まれていて高価そうな品物ばかりであるが、コレクションではなく老人が手掛けた売り物なのだろう。
「見ての通り、俺は魔道具を造る仕事をしている」
棚に陳列される品々を見つめていた僕に、老人が後ろから声を掛けてきた。彼は湯気が立つ湯呑をテーブルに置いて椅子に座る。
「連れの女が付けていた指輪も魔道具の一種だろ? 道具で言うことを聞かせようなんて反吐が出るから俺はあんなもん造ったことはねぇがな」と老人は吐き捨てた。
「いえ、そんな訳では……色々事情がありまして」
こんなことを言ってもいい訳にしか聞こえないか……。
「お前らを見ていれば訳アリだってことぐらい分かる。普通のヤツは奴隷を気遣って部屋から出たりしねぇからな」
老人の素晴らしい慧眼にさっきまで奴隷のリングの力でなんとでもなるぜとか考えていた自分が恥ずかしくなった。
「天気次第だが車輪の交換は明日にでもしてやる」
そう言って老人はずずず、と湯呑に口を付ける。
「車輪?」
「お前の馬車の車輪に大きなヒビが入っていた。ほっとけば近いうちに割れるぞ」
会話が転移するみたいに飛ぶなぁ……。
どうも彼は過程をすっ飛ばして結論だけを言うタイプのようだ。
「なにからなにまでありがとうございます。でも、見ず知らずの僕たちになんでこんなに親切にしてくれるんですか?」
老人はまるで人の力が及ばない天気の話でもするかのように、「お前は両親から『困っている人がいたら助けてやれ』って教わらなかったのか?」と答えた。
その夜、老人からスープとパンを分けてもらった僕とラウラは、三人でテーブルを囲んで夕飯を頂いた。
食事中に会話という会話は特になかったが、たまに僕がする老人への質問には、嫌な顔をしていないかは正直よく分からなけど、ぶっきらぼうながら答えてくれた。
老人の名前はクリーゼ・マルゲインという魔道具職人であり、周辺諸王国と契約を結びオーダーメイドの魔道具製作を受注しているらしい。諸王国から直々に依頼を受けているのだからきっと腕利きの職人なのだろう。
ひとり暮らしなのかと尋ねると、妻に先立たれ、ひとり息子は冒険者になると家を飛び出していき、それ以来ひとりでここに住んでいると語ってくれた。
きっと息子は今頃どっかで野垂れ死んでいるだろう、淡々と言っていたけど感情を言葉に出さないだけで本心は息子さんのことが心配なんだろうなと僕はそう思った。こんな親切な人が自分の息子を蔑ろにするはずないのだ。
食事の後、寝室に戻るとラウラから真面目な顔で「念のために警戒しておいた方がいいのでは?」と具申を受けるが、僕は首を振った。
「今日はぐっすり寝れるな」と床に毛布を敷いて寝転び、愛用の抱き枕を抱きしめて眠りについた。
◇◇◇
そして翌朝、三日間降り続いた雨は止んで太陽が姿を現した。
朝食を済ませた後、僕はクリーゼさんを手伝いながら車輪を新しい物に交換した。作業的には自動車のタイヤを交換するのと手間はほとんど変わらない。まあ、そりゃそうだ。
作業は一時間ほどで終了。僕は立ち上がり腰に手を当てて軽く背中を反る。
「何かお礼をさせてください。僕も『親切にしてくれた人にはお礼をしなさい』と両親から教わっていますので」
僕がそう言うと彼は白髪の無精ひげを弄びながら、
「ふむ……それなら魔石の材料になる魔法結晶を集めてきてくれ」
「魔法結晶ですか?」
「お前たちは冒険者なんだろ? ここから北西にある洞窟で天然の魔法結晶が手に入る。出てくる魔物のレベルはたいして高くないが、歳のせいで魔物をあしらうのが難儀でな」
「そういうことでしたお安い御用です。ところで魔法結晶って貴重なアイテムなんじゃないんですか?」
「貴重といえば貴重だが珍しいものじゃねえ。たいていの洞窟や迷宮で手に入るからな。だが質の悪い魔法結晶は魔石には使えねえし、魔石に高値が付くのは魔法結晶から魔石に加工するのに技術がいるからだ。程度にこだわらないなら魔法結晶は割と安価で取引されている」
なるほど、ちょっと違うかもしれないけどダイヤモンドみたいな感じか。
「お前、カプニアに行くって言っていたな。急ぎの用か?」
「いえ、立ち寄るだけで急ぐ道中ではありません」
「なら、結晶の質は問わないからあそこの樽がいっぱいになるまで魔法結晶を集めてくれ」
クリーゼさんは親指で背後にある大きな酒樽を指さした。
「分かりました」
「その代わり、俺がお前専用の杖を作ってやる。見たところその辺の木の枝をワンド代わりにしているじゃねぇか」
「ええッ!? いいんですか?」
「ああ、杖なしの魔導士なんて格好が付かねぇだろ」
「ありがたいです!」
「形状や素材に希望はあるか?」
「そうですねぇ……」と僕は腕を組んで杖を振る自分の姿をイメージしてみる。
杖か……、どうせならカッコイイ方がいいに決まっている。
今までは小枝をワンド代わりに使っていたから、使い慣れているという意味でやはりワンドか……。いや、せっかくだからもうひとりの僕が持っていたようなでっかい魔石が先端に付いたスタッフが魔導士って感じでいいんじゃないか?
けれど自分の二番煎じは嫌だな、独創的でかつオンリーワンな杖にしたい……。
僕が思い悩んでいる間、意外にもせっかちなクリーゼさんは切り株に腰を降ろして待ってくれている。
そのとき、ピコンと頭の上で電球が点灯した。
「ちょっと待ってください。イメージ図を書いてみます」
僕はその辺に落ちていた小枝を拾い上げて地面にさらさらとラフなスケッチを描いていく。
その形状はスナイパーライフルだ。
はっきりいって僕は銃器に関してそれほど造形は深くない。
本物の銃はおろか、FPSもやったことないくらいのズブの素人だ。
映画やドラマ、アニメでかじった程度の知識しかない。
だけど実際に12.7ミリの弾丸を飛ばす訳じゃないし、精密な設計図を描く必要なんてない。大切なのは弾丸っぽい物が飛ぶイメージである。
この世界の魔法はイメージ力が大きな鍵を握っているのではと僕は考えている。
「こういう形にしたいんだけど、作れますか?」
土の上に描かれたスケッチをクリーゼさんは興味深げに見つめて、「こりゃずいぶんと不思議な形をしてやがるな……」と唸り声をあげた。
「こいつは面白そうじゃねえか。仕事がひと段落していたところだ。さっそく取り掛かってやるからこの絵を紙に書き直して持ってこい」
クリーゼさんは僕を見て笑った。今日、彼の笑った顔を初めて見ることができた。




