とある英雄の物語《弓》12
地上に出た僕がその視界にラットマンの軍勢を捉えるまでいくらも掛からなかった。
全員で避難しようとしていれば、あっという間に包囲されていただろう。先生の判断は正しかった。
幹線道路を埋め尽くしてラットマンたちが向かってくる。土埃を巻き上げて二足歩行の獣人が全力疾走で大移動する光景はなんともシュールだ。表情が分からないからさらにシュールに拍車が掛かっている。
集団の中にジーナの姿は見えない。
どうやら杞憂だったようだ。一瞬でも彼女を疑ってしまった自分が恥ずかしい。
胸を撫で下ろした僕は拳銃を構える。
このままシェルターに突っ込ませる訳にはいかない。奴らの勢いを止めなければならない。
ダークバレットには万物を貫いて進み続けるという特性がある。たった5発でも一直線にまとまっているから相当数を削れるはずだ。
先頭を走るラットマンに向けて照準を合わせた直後、ズドンという音と共に勢いよく銃身が弾け飛んだ。
「はい?」
拳銃の部品がバラバラと崩壊していく。
「ほ、ほげぇぇぇえぇえぇぇぇぇーーーーーーーッ!? 魔力で造った僕の黒弾がぁぁぁぁぇッ!!?」
狙撃された!? 微かに見えたのは雷の弾丸、そしてこの正確無比の狙撃はジーナに違いない!! どこにいる!?
「ギーッ!」
先頭のラットマンが雄叫びを上げた。さらに軍勢のスピードが加速する。
やばいやばいやばい! 気を取られている間にもう目と鼻の先だぞ! 久しぶりのピンチでチビリそうなんですけど!?
どうする!? ぶ、武器だ! あばばばばッ、そうだ! 街を巡回しているときに西戸巡査長から拝借していた警棒があった!
鞄の中から警棒を取り出した僕はブンと振って警棒を伸長させた――直後、ズドンという音が鳴り響き、僕の手から警棒が吹き飛んでいく。
「ぬがッぱ!?」
オワタ……。
丸裸になった僕が天を仰いだそうときだった。
『うぇ、気色悪い……』
どこからともなく渋い声が聞こえてきた。
「へ?」
この声は!?
『気色の悪い物を我の体内に流しおって……』
聞き覚えがあり過ぎる声の主はまさか――。
「ヴァ、ヴァルなのか?」
『如何にも……、我の体に一体何を流し込んだ? ぐっすり寝ていたのに気色悪くて起きてしまったではないか』
「今はそれどころじゃない、説明は後だ! ってあれ? ……ウソ? 魔力が戻っている!?」
魔力が全回復していると確信した僕は咄嗟に時空転移魔法を幹線道路に展開させた。眼前に迫るラットマンたちがゲートを潜るように次々と黒球に突っ込んでは消えていく。
行先に設定したのはゼイダが治める共和国ローレンブルクだ。細かい調整をしている暇はなかった。そこしか思いつかなかった。
地鳴りを響かせながらすべてのラットマンを飲み込んで黒球は消えた。
「や、やった……のか?」
誰もいなくなった幹線道路で僕は呆然と立ち尽くす。
「さすがししょーッス」
「どわ!?」
背後から聞こえてきた少女の声に振り返るとジーナが立っていた。
「自分の作戦を完璧に読んでいたッスね」彼女はにこりと微笑む。
「ジ、ジーナ……。作戦ってどういうこと? ラットマンたちをここまで誘導したのはキミなのかい?」
「あれ? そういう作戦じゃなかったんスか? 自分はただラットマンたちを一列に並ばせればししょーの魔法で転移させるのは簡単だと思ったッス。だから雷の加護でラットマンを巣から追い出して、そのままずっと雷でバリバリやりながら一方向に逃げるように誘導したッス。追い込み漁と同じッスね」
「いや、えっと、でもさ……、僕に魔力がないこと知っていたよね? そもそもジーナは僕にムカついて出ていったんじゃなかったの?」
「ん? もちろんムカついたッスよ。でもラットマンたちを殺さずに問題を解決するには転移させるしかないじゃなスか? そう考えれば作戦は決まったようなもんスよ。魔力については、ししょーならなんとかすると信じていたッス」
おっとぉ、ジーナがそこまで考えていたとは……。これは完全に僕の想像の上をいっているぞ。
「でもさ、もしもだよ、万が一、僕が彼らに危害を加えていたらジーナは僕と戦うことになっていたんだよ」
「それはないッス」
「どうしてさ?」
「自分が彼らの味方をしている限り、ししょーが攻撃するはずないッスから」
「……はははっ、その通りさ! まったく何もかもお見通しとはお手上げだな!」
ハッハッハとキザったらしく前髪を払った僕は腰に手を当てて高笑いを上げる。
殺そうとしたけどね。僕は完全にヤル気だったとは口が裂けても言えないッスよ!
「しかし今回はちょっとだけ驚いたよ、まさかジーナが僕から離れていくなんてさ」
「いつまでも子供扱いしないでほしいッスね」ジーナは得意げにふふんと鼻を鳴らす。
「そうだね、今後はジーナさんと呼ばないとね。さて、これで一件落着だ。帰ろう、先生と一緒に、僕らの世界へ」
「はいッス!」
その後、ラットマンたちに占拠されていた土地を奪還した僕らは結界の魔法陣を解除して、約五年もの間続いていた閉鎖状態を終わらせた。ミッションをコンプリートである。
結界の効果が切れたことによって世間が大騒ぎになる前に、西戸巡査長たちとお別れを済ませた僕らは世界を跳び、北方大陸のローレンブルク共和国の西にある森に戻ってきた。
本当はアイザムかペルギルス王国に行きたかったけど、転移する直前でヴァルがまた深い眠りに付いてしまったせいで魔法が安定しなかったようだ。
「ここで大丈夫です」とローレンブルク城が見えてきたところで先生は立ち止まった。
「そうですか、じゃあ僕らはこれで失礼します」
「ええ、ロイくん、そしてジーナさんもお元気で」
「はい、ミルルネによろしく伝えといてください」
分かりましたと言って微笑んだ先生は踵を返して歩いて行った。
以前から思っていたけど、魔人族との別れは結構あっさりしているという印象だ。
シェルターのみんなと別れるときも、みんな涙を流して感謝して別れを惜しんでいたのに先生は「また明日ね~、ごきげんよう~」みたいなテンションだった。
密かに先生に恋心を抱いていたと思われる西戸巡査長が不憫でならない。
魔人たちの別れがあっさりしているのは彼らの寿命が長いからかもしれないなぁ、なんてことを考えながら時間転移魔法を掛けた僕だったが、時間が移動することはなかった。
「あれ?」
不発でない。確かに魔法は発動した。
「ああ、そっか、そういうことか」
すぐに解に至った僕はポンと手を打つ。
つまりここは僕ら『とある英雄チーム』が拠点とする紀元前の世界なのだ。といことはローレンブルクには当然ミルルネはいない。ローレンブルクにいるのはヴァルヴォルグ王の方だ。
「……」
まあ、いっか。先生ならきっと上手くやるだろう。なんたって聖女様なんだからね。
しかし、今回の件で憂慮していた問題が浮き彫りになった。
ジーナは優しすぎる。
――はたして彼女はラスボスである闇落ちしたユウを殺すことができるのだろうか。




