とある英雄の物語《弓》11
ヘンリエッタ先生が僕の腕に注射針をプスリと刺し、青色の魔法薬が体内に流れていく。
うぇ、なんだろう……、すごく気持ちが悪い。不純物が入ってくるのが分かる。体の内側からぞくぞくする。拒絶反応が出なければいいが……。
だけど、ほんの少しだけ魔力が回復した。
「どうですか?」
すべての薬を注入し終えて先生は注射針を抜いた。
「はい、確かに魔力が戻りました」
「それでは血が止まるまで、しばらくじっとしていてください」
「そうだ先生、西戸巡査長から拳銃を借りてきてもらえますか?」
「拳銃ですか? でも弾は使い切ってしまったと聞いています」
「構いません。僕が欲しいのは拳銃本体ですので」
「分かりました、それでは少し外します。魔獣の魔力ですので拒絶反応が出るかもしれません、何かあればすぐに呼んでください」
やっぱり出るかもしれないんすね……。心臓発作が起こったらジーナに雷撃をお見舞いしてもらおう、ってジーナはいないんだった。
その後、しばらくして先生は西戸巡査長から拳銃を借りてきてくれた。
銃の借用なんて本来なら許されない行為だけど、もはやこの閉鎖されてこの空間では、法律がどうとか言っている場合ではない。
「それは銃弾ですか?」
長机に並べられた黒い銃弾を見て先生は言った。
「はい、これは魔力と加護で造った黒弾です。実弾の代わりにこいつをを拳銃に込めます」
今の魔力で造れる弾丸は5発が限界、これは万が一のための保険だ。できるなら使わずにラットマンを魔法陣がある土地から追い払いたい。ジーナと戦うことになるような事態も避けたい。
――しかし、そんな僕の願いはすぐに打ち破られてしまう。
リボルバーの弾倉に黒弾を込めているそのときだ。西戸巡査長が「大変だ!」と声を上げて会議室に駆け込んできた。
「どうかしましたか?」
落ち着いてください、そう諭すような口調でヘンリエッタ先生が彼に尋ねる。
「見張りの者から緊急連絡がありました。ラットマンの集団がこちらに向かってきています」息を切らせながら彼は言った。
「集団? 今までは多くても二、三体で行動していたラットマンが集団で移動しているのですか?」
「原因は分かりません。ですが真っ直ぐこのシェルターに向かってきています」
「まさかシェルターの存在がバレたのでしょか?」
「分かりません。何事もなくそのまま通り過ぎてくれればいいが、万が一に備えて今すぐここから離れるべきです」
西戸巡査長はこのシェルターにラットマンたちが突っ込んでくることを危惧している。
そうなれば逃げ場のない僕らは正に袋のネズミだ。
ラットマンが明確な目的を持って移動しているのは間違いなさそうだ。シェルターの存在がバレている可能性は高い。
でもなぜこのタイミングで総攻撃を仕掛けてきた? 考えられる原因があるとすれば、ジーナがラットマンに味方したから? 馬鹿な! そんなことはあり得ない! 彼女が僕らを売るなんてあるはずがない!
「いいえ、今から全員を非難させるのは危険です。籠城するしかありません、西戸さんはバリケードの準備を、ロイくんは迎撃の準備をしてください」
先生が西戸巡査長と僕に指示を出す。彼女の声は耳に届いていたけど、ショックのあまり頭に入って来なかった。
「ロイくん!」
「あっ……えっと」
「しっかりしてください! 迎撃の準備を!」
「迎撃……」
もはや迎え撃つしかない……、戦うしかないのか。
「モンスターの軍勢と戦えるのはあなたしかいません」
僕が……、ジーナと敵対する?
「ロイくん! このままではここで暮らすたくさんの人たちが犠牲になります! 辛いですがみんなを守るために戦うしかないのです!」
そうだ、このままでは多くの人が死ぬ。ジーナと戦うことになったとしても僕は街の人たちを守らなければならない。
それがこの街をアルデラとの戦いに巻き込んだ僕の責任だ。
ジーナ、これがキミの選択なのか……。
「聖女様、いくらなんでも彼には危険だ! 俺が行きます!」
「いいえ、西戸さんはここでみんなを守ってください」
「し、しかし……」
悩んでいる暇はない。今はこの街の人々を守ることを優先するんだ、ユウ。
「僕なら大丈夫です。こう見えてゴジラより強いんですよ」
僕は拳銃を手に取って立ち上がり、西戸巡査長と向かい合う。
「冗談はよせ、キミはまだ子供だ」
「本当です、ロイくんも私と同じように不思議な力が使えるのです。信じてください」
先生が西戸巡査長の手を取って握りしめた。
そして二人は見つめ合う。
「聖女様……。分かりました、ロイくん、頼んだよ」
「任せてください。先生もここに残ってください」
「ダメです。教え子だけを危険な目に遭わせる訳にいきません」
「先生になにかあれば結界が解けなくなります。それに先生がいた方がみんな安心すると思います、だからここで待っていてください」
先生は耐えるように唇を噛んだ。
「……分かりました。無理はしないで」
僕は頷き、扉に向かって歩き出す。




