とある英雄の物語《弓》3
乾いた銃声に似た音が青空に鳴り響く。
「おおー……」
飛翔する鳥を一発で仕留めてみせた正確無比な彼女の技術に、僕は思わず感嘆の声を漏らした。
「すごいな、もう全然叶わないよ。散弾銃でもないのにたいしたものだ」
「当たり前っすよ、自分はこれで食べてきたんすから。ファッションで持っていただけのししょーとは違うのです」
ピンク髪の少女、ジーナはえへんと胸を張って得意げにヘカートモドキを肩に担いでみせる。
「いや、別にファッションで持っていた訳じゃないんだけどね……。それじゃあ夕飯も取れたし回収したらそろそろ帰ろうか」
「はいッス」
僕らはゲットした獲物を回収しに歩き出した。
こちらに来てから僕らは獣や鳥を食べたり売ったりして生活費をまかなっている。
なぜなら遅れているオミが到着するまで普通に生活しなければならないからだ。シェアハウスの家賃からはじまり、食費はもちろん、衣類や燃料と生きていくためには様々な費用が掛かる。
たとえヴァルが神だとしても、たとえアナスタシアが大魔導士だとしても、たとえジーナとセツナが勇者で世界を救うためだとしても、打ち出の小槌のように勝手にお金が沸いてくる訳じゃない。
僕らの旅はゲームの冒頭でゴールドをくれる王様みたいなスポンサーがいないのだ。
なので僕はセツナと一緒に冒険者ギルドに登録している。けれど、まだまだ無名で個人指名の依頼は少なく、遠出したり日を跨いだりするようなクエストには参加できないため、お小遣い程度しか稼げない。
ヴァルのヤツは元から働く気がない。
という訳で狩猟から獣肉の解体、業者との交渉ができるジーナは我が家の稼ぎ頭なのである。
さて、この国の王であるヴァルヴォルグに挑むのは三人揃ってからだ。
そこからやっと表ボスである現ローレンブルク王の攻略が始まる。
クリアするのは単純ではないだろう。
なんたってこの世界にいるヴァルは完全体だ。
さらにローレンブルク城には、ヴァルヴォルグの直系の子孫たちがいる。ヴァルヴォルグと戦う前に彼らを打ち破っていかなければならない。
これはまさにロールプレイングゲームの最終決戦、魔王城攻略のようなものだ。
その前段階としてこれまでジーナとセツナは魔境に渡って本物の魔王城に攻め込み、歴代魔王を倒してきた訳だ。
オミが合流したらまずは三人で協力してヴァルを攻略することが目標になるだろう。
あれ? 倒したらそれで終わりじゃないの? そう思ったかもしれないが、それは誤りだ。
確かに歴史上では三英雄がヴァルヴォルグを倒したことになっているけど、闇落ちした僕を倒すにはそれだけでは足りない。
単体でヴァルヴォルグを倒すくらい強くなる必要がある。そうアナスタシアは言っていた。
これは果てしない戦いの始まりに過ぎない。
三人でヴァルヴォルグを倒した後、過去に戻り、今度は単体で挑み続ける。
勝つまで何度でも何度でも。
オミもセツナもジーナも、死んでは生き返り、勝つまで戦い続けるのだ。
まさに地獄、そんな地獄に彼らを送り込む僕らは悪魔だ。
しかし、そうしなければ世界が闇落ちした僕によって消されてしまう。
勝たなければならない。
ヴァルヴォルグに三英雄が勝利することは歴史が証明している。ギフテッドである彼らなら単体でもヴァルを撃破するのだろう。
しかし、ジーナたちは闇落ちした僕に勝てるのか?
その保証はどこにもない……。
「ししょー、どうしたんすか?」
「え……」
「怖い顔してたっすよ」
ジーナと二人だけのときは仮面を外しているのを忘れていた。
僕はジーナの頭を優しく撫でる
「ジーナ、今まで逃げたいと思ったことはなかったか?」
「ん? たくさんあったっすよ」
あっけらかんと彼女は答えた。
「最初の魔王と戦ったときは腕が千切れて気を失いそうだったし、その後も何度も怖くて足が竦んだッス」
「……そうか」
「でも傍にししょーがいてくれたから耐えることができたッス」
「たぶん、最後の敵と戦うときは僕は傍にいてあげられない」
「え? ししょー、まさかどこかにいっちゃうんすか!」
「違うよ、最後の戦い僕らは干渉できないって意味さ」
「なんだそういうことッスか、それなら心配いらないッスよ。自分とセツナ、それからまだ会ったことはないけどオミが一緒なら負ける気がしないッス、なぜかそう思うッスよ」
「うん、そうだね」
カラリと笑うジーナに僕は笑い返した。
オミが到着するまでまだ時間が掛かりそうだ。もっと勝率を上げるために、できればジーナに加護ではない方の魔法を覚えさせたい。
彼女はは多くはないけど魔力を持っている。回復はセツナするけど、他の魔法が使えるに越したことはない。
魔法を習うならアナスタシアがベストだ。でもここにはいない。ヴァルは人に物を教えるタイプじゃないし。
ああ、こんなときにヘンリエッタ先生がいてくれれば……。
……ん?
何か大事なことを忘れているような……、なんだっけ?
……――――――――あッ!?
ヘンリエッタ先生ッ!?
やべぇ……。今になって思い出した……、先生は僕の元いた世界に残してきたままだったぁ……。




