とある英雄の物語《剣》5
ベッドの上で意識を取り戻した俺は、ノーアにやられたことを思い出す。
「……ここは?」
「アイザムの宿屋だ」
月が見える窓の近くの椅子に座り、本を読んでいたアナスタシアが答えた。
「ノーアは?」
「隣の部屋にいる」
「……俺はレイラばーちゃんに勝ったんだ、誰にも負けない自信があった……」
「レイラはギフテッドの力を使ったことがあるか?」
「いや……ない」
「そういうことだ。確かに純粋な剣の勝負ならキミに勝てる者はそうそういないだろう、しかし実際の戦いでは敵は様々なスキルを使ってくる、魔法だって使う。ノーアの原剣もその一つに過ぎない」
「……」
「悲観するな、これもシナリオ通りだ」
「師匠、少しは俺の気持ちを考えてくれよ……」
「これでも慰めているつもりだが?」
開いたページに視線を置いたままエルフは言った。
俺が溜め息を付くと、彼女は本を閉じて立ち上がる。
「ミズチ、ノーアに勝て。この世界が終わるまでまだ一年はある、それまでにノーアから吸収できる物はすべて吸収しろ」
「世界が終わるってどういうことだよ……」
「この世界は消えることが確定した世界だ」
「はい? 意味が分からないんだけど?」
「この世界はアルデラの禁忌魔法 《魔導大全》が発動して未来が途絶えた行き止まりの世界だ」
「いや……、言っている意味がまるで分からないんだけど」
「順を追ってこれからキミに全てを語ろう」
それからアナスタシアは世界の真実を話してくれた。
彼女が永遠にも思える時を何度も繰り返して、レイラばーちゃんとユウ・ゼングウと一緒に世界を救った話を、アルデラという魔導士によってたくさんの世界が消えていったことを。
そして現在、俺がいるこの世界はアルデラによって消滅した世界の一つであるという事実を。
今後の修行の成果がどうであれ、この世界が消える前に俺は過去に戻って、再びノーアに出会って彼女に戦いを挑む、その作業を何度も繰り返すことを。
吐き気を催すほどひどい話だ。
俺を強くするためだけに、かつての仲間を利用するだけ利用して期限が来たら自分たちだけ逃げおおせるなんて――。
真実を聞かされた翌日も、その翌日もノーアに戦いを挑み続けて、それから時が流れ、彼女から一勝を挙げるまでに半年もの歳月を費やすことになった。
ノーアは期間限定の師匠として俺を親身に鍛えてくれた。
彼女から学ぶことは多く、戦闘技術以外にも野生動物の狩り方や調理方法、野営地の設営など様々なことを教えてくれた。
俺と彼女の年齢が一世紀近く離れていると知ったときは、さすがに言葉遣いと態度を改めようかと思って試しに変えてみたけれど、ノーアに気持ち悪いから止めろと言われてしまう。
「ノーア、リュージュをミズチに渡してほしい」
その夜、宿屋のラウンジでアナスタシアが言った。
「リュージュを?」大切な物を守るようにノーアは自分の胸元に手を添えた。
「リュージュ? なにそれ?」
頭に疑問符を浮かべる俺を置き去りにしてアナスタシアは会話を進める。
「世界の脅威を倒すためにノーアのリュージュが必要なんだ」
「……でも、アレは……」ノーアが言いよどむ。
「戦うことを諦め、世界の終わりを待つだけのキミが持っていても仕方がないだろ?」
いつになく辛辣な言い方だ。
確かに俺と初めて会ったときのノーアは勇者ライディンが魔人デリアル・ジェミニに殺され、魔王を倒せないという現実に打ちのめされて生きることを諦めていた。
でも、彼女と半年間も一緒に過ごした俺には分かる。
彼女の心には再び勇気が芽生え始めている。
「おい大師匠、言い方ってものが――」
「いいから、ミズチ座って……」
アナスタシアに食ってかかろうとした俺をノーアが制止する。
「そうだね、アナの言う通りだ。リュージュはあたしが持っていても仕方ない、ミズチが使うなら是非もないかな」
ちょっと待ってて、と言って一端離席してすぐに戻ってきた彼女の手にはスモモほどの大きさの光る玉が乗っていた。
「これがリュージュ?」
俺の問いにノーアがこくりとうなずく。
「リュージュは竜族の祖霊によって凝縮された奇跡を生み出す力の源さ。人族で言うところの加護に近いよね。これを体内に摂り込めばその身に祖霊の力を宿すことができる」
「祖霊の力……」
「震竜族のリュージュは大地、加護でいえば地の精霊の加護が受けられるのと等しい」
ノーアの手からリュージュを受け取るや否やアナスタシアが「さあ、飲み込め」と俺を急かす。
「飲み込めって言われても……」
けっこうデカいし飲み込めるかどうかちょっと心配だ。
「早くしろ」と急かされるがまま光る玉を口に入れた俺は一息でごくんと呑み込んだ。
ん? ほのかに温かい。なんか生みたての卵みたいだな……。
そんなことを思っていたのも束の間、アナスタシアが杖を持って立ち上がった。
「よし、呑み込んだな。ミズチ、キミはこれを数百回と繰り返してギフテッドと等しい力を得る」
「ギフテッドと同じ力……ってそれよりなんつった? 数百回? 冗談だろ?」
答えるよりも早くアナスタシアは床に時空移動魔法を展開させていた。
「おい! ちょっと待ってくれ、せめて別れの挨拶ぐらいさせてくれ! なにも言わずに魔法陣を展開するな!」
時すでに遅し、展開した魔法陣で俺は再び時空を超えて、気付いたときにはアイザムの街道に立っていた。
ノーアと出会ったあの日に戻ってきたのだ。




