とある英雄の物語《剣》3
『新たな魔神として生まれ変わったユウ・ゼングウは世界を改変してやり直そうとしている。キミたちは名を変え勇者として力を付け、ローレンブルクに集い本物の魔神ヴァルヴォルグを倒した後、最終的にあれと戦うことになる』
成れの果てとなった祖父に殺された後、俺は師匠のアナスタシア・ベルと一緒に再び時空を跳んだ。
そこは潮の香りがする異国の街だった。
俺が生まれ育った村とは比較にならないほど多くの人で賑わっていて、色んな物で溢れている。
夜なのに眩しいほど灯りが焚かれ、まるで村で年に一度開かれる大祭りみたいだ。
「ここは?」
「西方大陸にあるアイザムという港街だ」
アイザムは叔父の冒険手記にもあった街だ。西方大陸でも西海岸に位置していて、大陸を渡ってから五年の歳月が掛かったと記されていた。
なにより幼い頃に読んで眼に浮かべた情景と、現在の光景が一致することに感動を覚えずにはいられない。
「ふぅん……。それでアナスタシア師匠よ、ここであんたが俺を鍛えてくれるのか?」
素っ気ない態度をしながら俺は周囲をキョロキョロと見回す。
「私は魔導士だぞ。魔導は教えられても剣術を教えることはできない」
「はぁ? 先に言っとくけど俺は魔法の方はからっきしだからな、魔導士に育てようとしても無駄だぞ」
「ああ、魔力もなければ加護もロクに扱えないことは知っている。それから私の役目は正確には案内人だ、師匠ではない」
「アナスタシア案内人?」
そう口にした直後、アナスタシアに杖でポカンと頭を打たれた。
「しかしながら総合的な師匠であるから大師匠と呼べ」
「なんだよそりゃ……。まあいい、それなら誰が俺を鍛えてくれるんだ?」
「もうすぐここを通る」
「もうすぐ?」俺は多くの人で賑わう街道を見つめる。
そいつが既にこの視界の中にいるのか、それともこれからやってくるのか。その答えはすぐに判明した。
斜向かいにある酒場の扉が開き、一人の少女が出てきた。
おぼつかない千鳥足でふらふらと歩きだした少女の手には酒瓶が握りしめている。
少女は少し歩く度に立ち止まり、酒を煽っては再び歩くを繰り返す。
ただの酔っ払いにしか見えないけど、その身に纏ったオーラは周囲の人間に比べると破格であり、この少女がアナスタシアの言っていた人物に相違ないと断言できる。
たとえオーラを隠していたとしても、彼女が破格だと一目で分かる身体的特徴を彼女は有していた。
それがある限り誰も彼女に近づかないし、誰も近づけない。
理由は彼女の頭だ。
角がある。
絵本で見た魔人たちの角とは違う。
あの光沢のある艶やかな角は竜の角、あの少女は人類が畏怖する最強種族、竜族の竜人だ。
ふらふらと近づいてきた少女は俺たちの前で立ち止まった。自分よりも頭一つ小さいアナスタシアに顔を近づけて、げぷっと酒臭い息を吐く。
「んー? あれー……、酔っ払い過ぎちゃったかなぁ。アナが見えるんだけど? ねぇ、こんなところで何やってるの?」
「久しぶりだね、ノーア」
「久しぶりって言えば久しぶりだけどさー……。どこか遠くに行くようなことを言っていたのに、なんでこんなところにいるのさ?」
「ああ、遠くに行って戻ってきたんだ」
「そうなん? へぇー……? それでそっちの男の子は?」
とろんとした竜の眼が俺を捉えた瞬間、ぞくりと背筋が凍り付く。
「実はノーア、彼を鍛えてあげてほしい」
「鍛える? なんでさ?」
「世界の脅威を防ぐために」
アナスタシアの言葉にノーアと呼ばれた竜の少女はキョトンと目を丸くした。
「まさか……アナ、あのデリアル・ジェミニとかいうゾディアックに彼を挑ますつもりなの?」
あはは、と乾いた笑いを漏らすノーアにアナスタシアは首を振る。
「それとは別の脅威だ」
「……よく分からんけど、そんなことしても無駄じゃん。どうせ世界は終わっちゃうんだからさ。他の脅威を倒したところでデリアル・ジェミニを倒さなきゃ、あたしたちに未来はないよ……」
そう告げた彼女の顔には濃い諦めが滲んでいた。
「あのライゼンだって勝てなかったんだよ……。どんなことをしたって、なにもかも無駄だよ……。誰だってそう思う……、なのに、それなのに……、なんでアナやグランジスタは……」
「ノーア、どうせ終わるなら最後くらい彼の修行に付き合ってみないか? それとも怖いのかい? 彼に負けるのが」
励ますでも元気付けるでもない、半ば自棄とも聞こえるアナスタシアのセリフに、消えかけていた少女の瞳に再び闘志の光が灯る。
「……そか、確かにそれもそうだね。しゃーない……、それまでの余興に付き合ってあげるよ」
彼女は酒瓶を掲げてぐびぐびと中身を全部飲み干してしまう。
「で、いつやるの? 私は今からでもいいけど?」
「そんな状態で戦うつもりか?」俺は言った。
眉をひそめる俺にノーアはケラケラと小馬鹿にするように笑う。
「ねぇ、ボウヤっていくつ?」
「年なんてどうでもいいだろ」
「それもそうだね。じゃあボウヤはさ、魔王城に向かっている道中で襲撃を受けたときに『今日は二日酔いだから明日来てくれ』って敵に言うの? あははっ、おっかしいよねぇー」
「上等だよ……」
スイッチが入ったように景色が一変した。
そこは赤茶けた大地が広がる荒野だった。
俺たちはアナスタシアの魔法でアイザムからバトルフィールドへと移動していたのだ。




