とある英雄の物語《槍》3
ここは北方大陸のローレンブルク王国、その郊外にある勇者と呼ばれる者たちが集うシェアハウスで、僕はセツナ・アサマとリビングのテーブルに向かい合いながら座っている。
現在この家で共同生活しているのは僕とジーナとセツナとヴァルの四人、アナスタシアとオミ・ミズチはまだ到着していない。
で、今日は週に一度の安息日。彼女の師匠であるヴァルは野暮用だと昨日の夜からどこかへ行ってしまった。あの淫獣のことだ、きっと女漁りに違いない。
僕のパートナーであるジーナは朝早くから狩猟に出掛けている。
今まで狩りで生計を建ててきた彼女にとって、狩りはライフワークであり、定期的に獣をハントしないと落ち着かないそうだ。
セツナと一緒にいたくなかった僕は、一緒に連れていってほしいと駄々をこねてジーナに頼んだけど、『ししゅーは自分の体を触ってきたりジッとしてられないから付いてきちゃダメっす!』と言われてしまった。
くぅ、普段の行いが悔やまれる……。
そんな訳でセツナとふたりきりでお留守番しているのだが、気まずい……。
出掛けてくれないかなぁと思いながら部屋に引きこもっていたら、お昼になってしまった。
この家では食事当番が決まっていて、今日は僕の番なのだ。ジーナもヴァルも出掛けていないから勝手に食べてくれとは言えず、二人分のランチを作ることになってしまった。
僕が作った魚介の濃厚ソースパスタを彼女は黙って召し上がっていた。感想くらいほしかったけどノーコメントだった。
今は僕が淹れたお茶を飲んでいた彼女が唐突に、「ねえ、なにか面白い話しなさいよ」と言ってきた。
「は?」
「退屈じゃない?」
「はあ」
「だから面白い話しなさいよ、ひとつくらいなんかあるでしょ? 絶対にすべらない鉄板の笑い話が」
な、なんでこんな上から目線になれるのか不思議だ。
なぜか彼女は俺にだけこんな態度なのである。
まあ、原因は明白なのだけど……。
これまでジーナにしてきた数々のセクハラが無自覚なジーナの口から暴露されて以来、僕に対するセツナの態度はあからさまにゴミ対応だった。
本当にゴミ扱いだったが、最近になってやっと僕が作った料理を食べるようになってくれた。嬉しいんだなぁ、いやいや、それでもいただきますとかごちそうさまでしたくらい言いやがれッ!
「どうしたの? 早く話しなさいよ」
「え、えっと、じゃあとっておきのやつを……」
こほんと咳払いする。
「僕の近所に真っ黒な犬がいたんだけど――」
「つまんない、零点」
「は?」
「出だしからつまらないから聞かなくても分かるわよ。他にはないの?」
こ、こっ、こ……このアマぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁッ! あーーーーーーーーーーーーーーーーー――――――――――――、クッソ《孤軍艦隊》ぶち込んでやりてぇーーーーーーーーーーーー―――――――ッ!!
「次、早くして。つまらなかったら、この前ジーナの下着をこっそりポケットに入れていたこと、あの子に言うわよ」
「くっ! じゃ、じゃあこれはとっておきの愉快な話なんだけどさ」
「うん?」
「僕の友達の兄貴の知り合いの、そのまた従兄から聞いてた話でね……」
「うん」
「彼には恋人がいて、同じ職場で働いていた彼女と、カフェを開くために共同の銀行口座を開設して、給料のほとんどを振り込んでいたんだ」
「へぇー! それで?」
一蹴されるかと思っていたけど、なぜか彼女は食いついてきた。
まあ、いいか……。
「貯金が一千万を超えた途端にその彼女と連絡が取れなくなっちゃったみたいで。彼は必死に彼女を探したんだけど、結局見つけられなくてさ」
「バカな男、他人と共同の口座なんてリスクしかないじゃない。どうせ揉めることになるんだから。まあ、その女の場合は最初から騙す気でいたに違いないわね」
「……寝とられたとかじゃなくて、最初からそこに愛はなかったと?」
「ないわね」とセツナは断言した。
分かっていたけど、本人から言われるとかなり堪えるものがある。
「……そうか」
轟沈間際の僕にセツナは、「確かに愉快な話ね。なかなかアホで面白かったわよ、あんたの実体験」と言って頬杖を付いた。
「は、はあ!? ちげーし! なに言ってるし!!」
「ならなんでそんな必死に否定するのよ……。そもそも友人の友人ってくだりでだいたい分かるわよ、アホ。それともあたしに過去の失態を打ち明けて慰めてほしかったの?」
「くぅっ! ジーナに慰めてもらうからいいもんね!」
セツナはくすりと笑った。
「ほんとバカね。けれど、いつもの無口なあんたより今の方が全然面白いと思うわよ。普段からそんな風にしゃべればいいのに」
微苦笑を浮かべる彼女の顔に思わずドキッとしてしまう。
ダメだ……、やっぱりセツナと話していると調子が狂う。
これからはより一層、貝のようになろう。そう、私はホンビノス貝である。
「ところであんたさ、ヴァルヴォルグ並みに強いんでしょ?」
「え? あ、うーん……、まあ、そういうことになるかな?」
同一人物みたいなもんだし、たぶん。
「じゃあさ、暇だしちょっと手合わせしない?」
なぬ? これ以上こいつと関わるのはマズイ……。新たなイベントなんてまっぴらごめんだい!
「いやいや、ボクなんてセツナさんの足元にも及びませんよ、アハハー」と頭を低くして謙虚な態度をする僕を、セツナは鼻で嗤った。
「ダッサ……、師匠がこんなんじゃあの子もたいしたことないのね」
その一言に僕は、プッツンと来てしまったのだ。
「……おい、てめぇ……」
僕の怒りを体現するようにゴゴゴと地鳴りが起こっている(はずだ)。
「な、なによ?」
たじろいだセツナに、僕は仮面を付けたまま声を低くしてすごむ。
「ジーナを馬鹿にするのだけは何があっても許せねぇぞ……」
「ふん、やる気になったのね。このロリコン野郎が……」
「僕のことはいくら蔑まれても構わない。だけどジーナを馬鹿にしたら容赦しねぇ! 表にでろぉぅあぁぁぁらぁ!!!」
巻き舌で喧嘩を売った僕に対してセツナは「上等よ」と売られた喧嘩をご購入。
そして、僕らはシェアハウスの庭で対峙している。
「魔法も加護もなし、純粋な武器を使用した一本勝負よ」
僕は木剣、槍使いのセツナは木槍を装備している。
「あたしがギフテッドの力を使ったら勝負にならないからね」
たとえ木製だろうと互いが本気になれば相手を瞬殺することができる。それだけの力を有していることは互いに知っている。
これは真剣ではないが、明らかに真剣勝負なのだ。
「能書きはいいから早く来い」
木剣を構えて僕が言った瞬間、「もう行っているわよ!」という声と残像を残してセツナの姿が視界から消えていた。
「もらった!!」
背後からセツナの勝ち誇った声が轟いた。
――が、僕はほくそ笑む。
「そいつはどうから上を見ろ」
「うえ?」
セツナが空を見上げた直後、僕が放り投げていた木剣が落ちてきて彼女の眉間に見事にヒットした。
「ふぎゃあッ!?」
セツナはおでこを抑えてその場でうずくまり、そんな彼女の様を眺めながら僕はくつくつと嘲笑う。
「最初の残像はアニマが生み出した幻影だろ? まあ、いいさ。ルール違反でも許してあげるよ。だってたとえキミがギフテッドだとしても、僕とキミとでは戦いの年季が違うのだよ、年季がね。ふっ、ふふふっ、ふぁーはっはっはっははーッ!」と僕はここぞとばかりに高笑いを上げた。
それは前世まで届くかと思うくらい力の籠った高笑いだった――。
そしてその後、帰ってきたジーナにセツナのヤツは僕にいじめられたと嘘をついて泣きつき、僕はこってりとジーナに怒られてしまったのだった。
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