とある英雄の物語《弓》2
その後、数日の時を跳躍してファンガスの街に移動した僕は、顔を見られないように隠してジーナにヘカートを売りつける。
それが終わると、さらに時間を跳んで数年後の未来に移動した。
時系列的にはロイがジーナと出会い、ヘカートの使い方を教えた日から二年後である。
アルデラとの戦いが終わり、平和が訪れたこの世界の僕はペルギルス王国にいるはずだから、なるべく早くジーナと接触して時空移動しなければならない。
僕はファンガスの街のはずれにある墓地に向かった。そこに彼女がいると事前に聞いていたからだ。
夕暮れに染まる墓地の真新しいお墓の前で少女が立っていた。
「ジーナ」
彼女の名を呼ぶと桃色の少女が振り返った。僕を見た彼女は目を丸くさせた。すこし大人びたように思える。
「ししょー? 東方に渡るって手紙が来たばかりなのにどうしてここに??」
「あー……、どこから話そうかな。そっちの僕とは違うんだ。色々あって僕は遠い未来からやって来たロイなんだ」
「ミライ?」
「うん、キミを勇者に育てるためにね」
「はわ? 勇者ッスか?」
「なんのことかさっぱり分からないと思うけど、詳しいことは後で話すよ。それで……、このお墓はもしかして」
「はい、父ちゃんッス……。去年から体調を壊してついに一昨日死じゃったっス……」
「そうか……。僕も一緒に祈らせてもらっていいかい?」
「もちろんッス」
そう答えて微笑んだ彼女の瞳は涙で濡れていた。
祈りを捧げた後、僕は彼女の家に泊まらせてもらうことにした。
積もる話はあるが、すべてを説明している時間はない。この世界にはもうひとりの僕がいる。だから早く彼女を連れて時空移動したかった。
だけど、ジーナは父親が死んだばかりで気持ちの整理がついていないはずだ。すぐには決められないだろう。
ジーナは家は僕の記憶となんら変わっていなかった。家族三人で住むには十分は広さのテラスハウスに彼女ひとりの稼ぎで暮らしているところを見ると、どうやらハンター稼業はうまくいっているようだ。
彼女が作ってくれた料理を食べながら、僕は僕がここにやってきた理由を簡潔に説明した。
すこし考えさせてほしい、それが彼女の答えだった。僕は分かったと答えるに留まり、ゆっくり考えてくれとは言えなかった。
この家は彼女の思い出が詰まった場所だ。すぐに切り替えられるはずもなく、世界の危機が差し迫っているとしても強要することはできない。
その夜、僕はジーナの寝室のベッドを使わせてもらうことになった。彼女は母親が使っていた寝室を使うそうだ。
女の子の寝室で寝るなんて背徳的な気分になってしまうが、彼女の部屋は殺風景であまり女の子の部屋という感じがしない。
置いてある物といえば狩りに行くときの装備だったり、ヘカートのメンテナンスグッズだったり、獣を捌くための刃物だったりと冒険野郎の部屋にいるみたいだ。
あまりジロジロ見回すのも気が引けるため、僕はそそくさと寝ることにした。ベッドに寝転がり天井を見上げているとドアが外からノックされたのだ。
「ししょー……」
返事を待たずにジーナが開けた。彼女はパジャマ姿のままだ。
「ど、どうしたこんな時間に?」
「一緒に寝てもいいスか?」
「え……」
「急に寂しくなっちゃって……」
照れくさそうに微苦笑を浮かべる彼女の顔が年齢よりも幼く見えた。
昼間は気を張っていたことが窺える。この家の大黒柱だったといえ、彼女はティーンエイジャーになって間もない子供だ。家に一人でいることが途端に心細くなる夜もあるだろう。僕が来たことで我慢していた箍が外れたのかもしれない。
「いいよ、おいで」
体を起こして僕がそう答えると彼女の表情がパッと明るくなった。
僕らは二人で一つの布団に入り、仰向けに並んで天井を見上げている。しばらくすると仰向けで寝ていた彼女は横向きになって僕の腕に額を押し当ててきた。
「ししょー……。自分、ひとりになっちゃったッス……」
「ジーナ……」
「ひとりになっちゃったッス……、ひとりになっちゃったッスよ……」
僕の腕に顔を埋めたまま、うわ言のようにそう繰り返す彼女を僕は抱きしめた。
「ジーナ、キミはひとりじゃないよ。僕がいる」
なんとなくこの世界に来てから分かっていた。
僕は元の世界には戻れない。
これは運命なのだ。この世界の僕の役目はジーナに寄り添い、彼女を三英雄に育て、そして最後の瞬間まで添い遂げる。
これから過酷な戦いに身を投じることになるジーナのことを考えると胸が引き裂かれそうな気分になる。
できることなら変わってあげたい。
だけどそれはできない。歴史を正しくなぞらなければタイムパラドックスが起こる。
僕やヴァルやアナスタシアが直接戦いに参加することはできない。
僕が三英雄を名乗ってしまえばいいとも考えたけれど、ヴァルは三英雄を記憶していた。これは避けられない運命なのだ。
何もない僕に何もかも失った少女。
僕らは似たような境遇にいる。だから解り合える。
同時に自分がひどく卑怯な人間に思えてならない。だって、彼女の境遇を利用して共依存の状態を作り出そうとしているのだ。
かつてアルデラと戦うように僕を仕向けたアナスタシアもこんな気分だったのだろうか――。
ならばこそ、僕は腕の中にいる少女に生涯を捧げてみせる。
「……ずっと一緒にいてくれるんスか?」
不安気なジーナに僕は「ああ、ずっと一緒にいるよ」と答え、声を上げて泣き出した彼女の頭を優しく撫でた。
それから僕はジーナを鍛えた。
彼女は世界を渡り、勇者として魔王と戦い確実に力を付けていった。
そして、世界を渡る度に彼女の加護は強くなっていった。
彼女の加護は僕がオススメしたシルフではなく、フルグ(雷)だった。
糸を紡いで紐となり、紐を編んで縄になるように、世界を何度も渡ることでギフテッドを得た彼女は、今となってはヘカートの銃口からレールガンや波動砲みたいな物をぶっ放している。
三英雄の待ち合わせ場所として指定されたローレンブルク郊外にあるシェアハウスにたどり着いたのは、過去に戻ってから二年後のことだ。
アナスタシアの使い魔からの情報によれば、すでに弦槍と並行世界のヴァルが到着しているらしい。僕の孫、オミ・ミズチは諸事情により遅れているようだ。
はたして伝説の三英雄《弦槍》とは、一体どんなヤツなんだろう……。
『ユウ、仮面を被れ』
「え? なんで?」
『理由は扉を開ければ分かる』
「わ、わかった」
この街に入ったときになんとなく購入した鉄仮面を顔に当てた僕は、含みのある言い方に緊張しながら扉を開けると、ダイニングテーブルでお茶を飲んでいた少女が振り返った。
「なっ!?」
髪型が変わってもひと目で奴だと気付く。
「あんた誰? なにか用?」
怪訝な顔で僕の睨んだのは、かつての元カレ(十代バージョン)だったのだ。
セツナ・アサマ!? なぜお前がここにいる??
ち、違う。こいつは僕の知る浅間雪那でもセツナ・アサマでもない。
「あー、ひょっとしてあんたが二人目?」
彼女は椅子から立ち上がり近づいてきた。
「い、いえ、この子です」
なぜか敬語になってしまった僕は、後ろに控えていたジーナを紹介する。
「はじめまして! ジーナ・マルゲインっす!」
元気良く挨拶したジーナの全身をセツナが品定めするように見つめる。
「セツナ・アサマよ、よろしく。あなた小さいわね、いくつなの?」
「はい、今年で十六になったッス!」
「え、私と同い年じゃん」
「セツナさんも大人の女になるためにここにいるんスか?」
――ッ!?
「はあ?」
奇妙な質問にセツナの眉が歪む。
「ししょーが魔神に勝ったらご褒美に自分を大人の女にしてくれるって言ったッス!」
「ばっ……」
「ぬぅぅッ!!」
その刹那、光が瞬き僕の体はセツナの光速ストレートを浴びて吹っ飛んだのだった。




