とある英雄の物語《槍》2
まるで宇宙飛行士になった気分だ。
瞬く無数の星々を眺めている。夜空を分断する巨大な天の川、幻想的な光景が眼前に広がっていた。排気にまみれた街は消え去り、私は広陵とした大地の岩山の上に立っている。
肌で感じる。この世界は私が知るどこでもない。異世界に来たのだと直感した。
「きれい……」
思わず声が漏れて自然と涙が溢れ出た。景色を観ただけで涙が出てるなんて初めてだ。
「本当に別の世界に来たんだ……」
感激に浸る私に「今度は場所を移動する。再度我の手を握れ」と自称神を名乗り男は無粋に告げた。
「その前に聞きたいんだけどさ、勇者になるって具体的にどうするの?」
「修行をする」
面白味のない平凡な答えだと思った。私が男子ならバトル漫画的な展開に喜ぶのだろうけど。
「修行ねぇ。先に言っとくけど私さ、別に特別な力とかないんだけど」
そう明言すると男は「ある」と断言した。
「で、でも……」
「感じぬか? この世界に来た瞬間、貴様は因果の特異点となったのだ」
「特異点?」
「そうだ。貴様は魔神をも穿つ最強の矛である」
「最強の矛……」
反芻する私に男は軽く肩をすくめてみせた。
「だが、力の使い方を学ぶ必要がある。今は我と共に時代を渡り歴代魔王を倒して力を付けていき、修行の仕上げとして魔神を倒す」
「あれ? 魔王を倒して終わりじゃないんだ? 魔神ってやつがラスボスなの?」
「違う」と男は首を振った。
「最後の敵は別にいる。それは時が来たら話そう」
「そう……、魔王でも魔神でも別になんでもいいけどね。ねえ、あなた、ヴァルヴォルグさんだっけ? ナイフ持ってる?」
男は私の目をじっと見つめた。
「心配しないで、ここまで来て自殺したりしないからさ」
男が懐から取り出したナイフを受け取った私は、刃をポニーテールの付け根に押し当てそのまま引いた。
髪の毛が風に乗って舞う。
私は切り落としたポニーテールを岩山から崖に投げ落とした。髪の束は闇に呑まれるように消えていく。
あれは今までの私、さっきまでの私は今日死んだ。
そして私はこの瞬間、生まれ変わった。浅間雪菜じゃなくて、この世界のセツナ・アサマに――
「って感じよ、私がこの世界にやって来た経緯は」
「ふーん、じゃあセツナって異世界人だったんスね」
私の前に座る桃色髪の少女、ジーナ・マルゲインはソーセージを頬張っている。
ここはローレンブルクという都市にある冒険者用のシェアハウス、その食堂だ。彼女はある目的のために一緒に住む仲間であり、私と同じ勇者のひとりだ。
ジーナとは知り合ってまだ日が浅いけど、私は裏表がなくて純粋な彼女のことが大好きだ。
この屋敷に住むのは私とヴァルヴォルグ、ジーナと彼女の師匠の四人。キッチンやダイニングなどの共用部以外に部屋は六つあり、空室は二つ。そこには残りの勇者とその師匠が入居する予定だ。最後のひとりは修行が少し遅れているみたい。
一体どんな女の子かしら? ジーナみたいな子だったらいいんだけど。
「そう、ジーナからしたら私は異世界人ってことになるわね」
「うちのししょーも異世界人だって言ってたっスよ!」
「え? そうなの? ていうか、あんたの師匠さ、滅多に姿を表さないわよね。たまに会ってもいつも仮面なんか付けちゃって外そうとしないし、全然しゃべらないし、なんか私のこと避けてるっぽいし、如何にも根暗って感じ」
「むっ、いくらセツナでもししょーの悪口は許さないっす」と怒ったジーナが頬を膨らませる。
「ごめんごめん、別にそういうつもりじゃなかったのよ」
「自分は見たことあるッスよ、ししょーの素顔。それに自分にはいっぱいしゃべってくれます」
へっえんと彼女は薄い胸を張った。
「へぇ、イケメン?」
「はい、もちろんッス! あー……、でもししょーの正体は内緒なんすよ」
「えー? なにそれちょっと見たいかも」
ジーナの師匠はヴァルヴォルグと対等に話しているから、それなりの実力者なのだろうけどオーラはまるで感じない。正直、強そうじゃないし頼りなさそうだ。騙されて詐欺に引っ掛かりそうな感じ。
「それにししょーは超優しいッス! 疲れて動けないときは身体を拭いてくれるしオイルでマッサージしてくれるっス」
「え……、それってまさか裸じゃないわよね?」
「???」
眉毛を八の字にしたジーナが首を傾げた。
「裸にならないと体は拭けないッスよ?」
「ちょ、ちょっと待って……、あんたの師匠と話があるから呼んで来てくれる?」
「わかったッス!」
ジーナは扉を開けて走って出て行き、すぐに仮面を付けた師匠を連れて戻ってきた。
そして私はのこのこやって来たジーナの師匠の顔面を助走を付いて思いっきりぶん殴ったのだった。




