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【115万PV超】異端者アルデラの魔導書《grimoire》  作者: unnamed fighter
【外伝】英雄の物語

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とある英雄の物語《槍》1

 眼下に映るのは生ゴミと乗り捨てられた自転車、割れた瓶に使えなくなった冷蔵庫、その他の粗大ごみ。


 あと数分後、あの場所が私のお墓になる。


 最初は海か山で迷った。

 でも、溺死は苦しそうだし死体がブクブクに膨れるらしい。なら山にしようと思ったけれど山や樹海に行くまでの気力が私にはなかった。


 家だと失敗する可能性が高い。

 だから死に場所を街に求めた。


 誰かに迷惑が掛からないように人がいない場所と時間を探して見つけたのが、古びたビルに挟まれたこの下の隘路だ。


 屋上から飛び降りて私はあそこに落ちる。


 あの薄汚れたゴミに全身がまみれると思うとゾッとする。

 でも、このまま生きていく方がずっとゾッとする。


 あれが私の最後の場所、私は今夜、死ぬ――。


「死ぬつもりか?」


 突然、背中から声を掛けられた私の肩がびくりと跳ね上がった。


 男の声だ。ここに来るとき誰にも見られていないことは確認している。人がこの廃ビルに入ってくる気配もなかった。


 もしかしたら屋上から顔を覗かせて落ちる位置を確認したとき、見られていたのかもしれない。


 私は意を決して振り返った。後ろにいる誰かが私を捕まえようとするなら、すぐに飛び降りようと心に決めて。


 屋上の中心に妙な格好をした人物が立っていた。


 ヘンテコな丈の長い白いロープを羽織っている。それはファンタジー映画に登場する魔法使いの衣装みたいだ。彼の顔はフードを目深にかぶっているからよく見えない。

 けれど、たぶん二、三十代くらいだ。声でなんとなく分かる。


「近づかないで」私は手すりを握りしめて言った。


「分かった。近づかない」


 妙に落ち着いた男の口調に拍子抜けしたのは否めない。

 彼は冷静というよりもどこか飽き飽きしている、気怠げで、こういう場面に慣れたオーラを放っている。なぜ会ったばかりの変質者にそんな態度を取られなければならないのかと私は腹が立った。


「邪魔しないで」


「邪魔はしない。貴様を止めようとしてこれまで二百二十五回失敗している」


「は? なに言っての?」


「高さは十分だ。頭からしっかり落ちれば即死できる」


「……そうね。ありがとう、参考になったわ」


「邪魔はしないが提案をしたい」男はそう告げた。


「提案?」


「勇者になって世界を救ってはみないか?」男は言った。


「……はあ?」


 勇者って? 世界を救う? ……こいつ、たぶん危ない薬やってる常習者に違いない。厄介なヤツに絡まれてしまった。


「どうせ死ぬのならば我と異世界に行き、魔王軍と戦ってみないかと言っている」


 訳の分からないことを告げた彼は頭を覆っていたフードを取った。


「どうせならその命、燃やし尽くしてから死ぬもの悪くてなかろう」


 淡い月明かりが男の顔を照らす。

 綺麗なダークブラウンの髪と瞳、顔は整っていて西洋人みたいだけど、どことなく日本人っぽさがある。

 かなりのイケメンで、俳優やモデルだと言われても納得できる。


 なぜだろう。こんな知り合いはいないのに、初めてあったのに、どこかで会った気がするのはなぜ?


「あんた……、いったいなんなの?」


「我の名はヴァルヴォルグ、こことは違う別の世界の神だ」


 あ、完全にやばい……。

 まさか人生の最後に言葉を交わすのがこんな異常者だなんて最悪すぎる。


「セツナ・アサマ」


 彼が呼んだのは間違いなく私の名前だった。


「――ッ!? な、なんで私の名前を知っているのよ……」


「会うのは初めてではないからだ。貴様も感じているのであろう、この既視感を」


 意味が分からない、だけど解る。強い既視感、私はこいつと会ったことがある。記憶ではなく感覚がそう告げている。


 私はこくりと頷いていた。


「その既視感の正体は並行世界の貴様が我と出会ったことによって生じた物だ」


「並行世界?」


「そうだ、こことは違う世界。世界には異なる世界がいくつも存在する。その中で我らの人生は何度も交錯している」


「……その並行世界が異世界だっていうの? でも魔王ってのがいるんでしょ? ずいぶんこの世界とは違うじゃない」


 あれ……、なんでこんな危ないヤツとこんな話しているんだろう、わたし――。


「世界の距離が離れれば離れるほど環境や理が変化していく」


 でも、男の言葉には妙な説得力がある。


「……本当にいけるの? 別の世界へ」


「無論だ」


「……勇者になれるの?」


「貴様次第だ」


「……それじゃあさ、あんたが異世界から来た証拠を見せてくれる」


「証拠など不要だ。我の手を取れ、セツナ・アサマ。さすれば解る」


 彼は手を差し出した。

 この手を握ればきっと戻っては来られない、そんな気がした。

 戻れない、それは私が心から望むものだ。なにをビビっている! ためらう理由がどこにある!!


「……いいじゃない、どうせ死ぬんだからやってやろうじゃない」


 手すりを離した私は足を踏み出して男の前に立つ。彼の手を取った刹那、景色が一変した。



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