エピローグ
俺の祖父、ユウ・ゼングウは三十歳を前にしてぽっくり逝っちまったと聞いている。
死因は知らない。
なぜかユウ・ゼングウの子供である俺の母親やおじさん、おばさんたちはじーさんの死因について語ろうとしない。
じーさんは俺が生まれる前に死んじまったから顔を知らないけど、どんな人だったかは聞かされている。
じーさんは生前、俺たち家族以外にも外で家族を作っていたらしく、北方大陸にあるローレンブルク共和国にゼングウ家非公認の妻とその子供たちを住まわせて養っていたそうだ。
二日に一度、じーさんは仕事だと言って泊りの仕事に出掛けていたが、実はその度にローレンブルクで向こうの家族と過ごしていたことが後に判明して大騒ぎになったらしい。
これは俺の推測だけど、浮気と二重生活がバレたじーさんはレイラばーちゃんに殺されたんじゃないかと思っている。
でもなぜか、ユウ・ゼングウの配偶者であるばーちゃんたちや子供である母さんに、おばさんおじさんたちの誰一人としてじーさんの悪口を言わず慕っている。
解せない……。
俺はそんな浮気ばっかりの多重婚クソ野郎なんて好きになれない。男ならたったひとりを愛してこそ真の男だと俺は思う。
じーさんなんて尊敬するに値しないちっぽけな男なのだ。
そういえば、冒険者になって西方大陸に渡った親戚から「親父に似た人を見かけた」と書かれた手紙が送られてきたことがある。実は死んだふりをして世界中で結婚しまくっているのではないだろうか……。
そんなことを考えながら俺は自分の膝を抱き寄せた。
埃っぽくて堆肥臭い農具小屋で俺は息を潜めている。誰から身を隠しているかというと他ならぬレイラばーちゃんだ。
レイラ・ゼングウ、旧姓レイラ・ゼタ・ローレンブルク。ローレンブルク王国最後の王女であり、復活した魔神ヴァルヴォルグから世界を救ったという大英雄。そして彼女と一緒に魔神と戦ったのが、その夫であり俺の祖父、重婚クソ野郎のユウ・ゼングウである。
俺とレイラばーちゃんは、孫と祖母という関係だけど血は繋がっていない。この村にはそんな子供たちがわんさかいる。
村の住民は俺の親族がほとんどを占めており、途中からゼングウ村と村の名前が変わったそうだ。これも重婚クソ野郎の残した功績である。
そして、なぜかレイラばーちゃんは数いる孫の中でも特に俺だけにやたらと厳しい。他の孫たちは楽しく遊んでいるのに、俺は毎日が修行漬けでコテンパンにされている。
お陰様でレイラばーちゃんを前にしただけで反射的にぶるっちまうようになってしまった。
過酷な修行の毎日に耐えられなくなった俺は、レイラばーちゃんに見つからないように逃げ出してはこうして隠れて稽古をさぼるようになった。
「俺はもっと遊びたいんだ……」
――ん? なんか匂うぞ?
すんすんと鼻を動かした。
なにやら燻ったような匂いがする。
よく見ると薄暗い小屋の中に煙が漂っている。
よくよく見ると小屋が燃えていた。四方の壁が炎上している。
炎に包まれる直前で俺は小屋から飛び出した。勢い余って転倒した俺の前に誰かが立つ。視線を上げるとレイラばーちゃんが目の前にいた。
エルフの血の影響なのだろう、もう七十を超えているというのに彼女は二十代の若々しい容姿を保っている。
「レイラばーちゃん、俺を殺す気かよ!」
倒れたまま抗議の声を上げる俺に対して、彼女は笑いも怒りもせず静かに言った。
「ええ、真面目にやらないならそのつもりです」
レイラばーちゃんならやり兼ねない。
先月も世界最強の元勇者がいる村と知らずに略奪にきたマヌケな盗賊たちが、無慈悲に薙ぎ払われていた。
俺を見つめるレイラばーちゃんの瞳孔がキュっと窄む。
「ううっ……」
――この眼だ。このすべてを見透かしているような、遥か彼方を見つめる眼差しを向けられただけで俺は萎縮して体が竦んじまう。
「さあ、稽古の続きをしますよ……、ミズチ」
了
連載開始から約一年とちょっと、お付き合いいただきありがとうございました。
辛い時期もありましたが、最後まで楽しんで書くことができました。多く方に読んでいただくことができたと思っております。
次回から異世界に取り残されてしまったヘンリエッタ先生がエッチな活躍をするR18禁指定の『教えて! ヘンリエッタ先生!?』がスタートします(嘘です)。
さて、冗談はさておき、エピローグに登場したミズチがジーナ・マルゲインと別平行世界からやって来たセツナ・アサマと一緒に闇落ちしてしまった祖父を倒しにいく、という三英雄になるまでの物語の構成もあるのですが、書くかどうかは微妙なところです。
最後になりますが、ブックマークや評価、ご感想などなどいただけますと幸いです。ありがとうございました!




