第243話 最後の選択
「そうか……」
――リザ……、僕の中にはリザの魂がある……。
ヴァルの言わんとすることはこうだ。
レイラの肉体にリザの魂を移植させる。
元々ひとつだった魂がふたつに別れて誕生した命だ。魂の移植なんて前例がないから分からないけど、臓器移植のような拒絶反応は起こらないはず。
元の器に戻すのとなんら変わらない。
僕はリザのおかげで二つ目の契約を回避して生きている。おそらくリザの魂を手放した瞬間、二つ目の契約が執行されて僕は死ぬだろう。
思わず鼻で嗤ってしまう。
死ぬ? だからなんだ。ラウラが助かるなら死んだって構わない。僕は何十回でも、何百回でも死ぬことができる。
今こそキミに返そう、キミからもらったこの命を――。
「僕はどうなっても構わない。リザの魂をレイラに……」
僕はヴァルに告げた。
『勘違いするな、ユウ。貴様は死なん、今すぐにはな』
「……どういう意味だ?」
『うむ、我は考えていたのだ。リザの魂を受けったあの日からずっと、リザの魂を戻してかつユウを生かす術をな』
「できるのか? そんなことが……」
ヴァルは頭を縦に振った。
『魂の契約は絶対だ。必ず履行される。避けることはできない……が、遅延させることはできる。そこで我はこの体からリザの魂を切り離した時点で深い眠りに付く。深く深く、仮死状態に近い眠りだ。それによって契約の執行を遅延させる』
「ヴァル……」
『しかし、かなり強引な力技だ。引き伸ばせたとしても十数年が限界であろう。どうするかはユウが決めよ、我はユウの決定に従おう』
「十数年……、そのとき僕はアラサーか……」
仮に三十歳まで生きることができたなら、それは前世の禅宮游が自殺を図ろうとしていた歳と同じ。どこか数奇な運命めいたものを感じてしまう。
今から十年ちょっとだと子供が生まれても成人式には出られないし孫の顔も見られない……。
けれど――。
「どこに迷う必要がある?」
『で、あろうな』
「僕は元々その歳で死んでいたんだ。ロイに生まれ変わって三十年近く生きられるなら上等じゃないか。ありがとう……ヴァル、お前にはずっと助けられてばかりだった」
僕は心の底からヴァルヴォルグに感謝して頭を下げた。
『迷える子羊に手を差し伸べるのが神であるからな』
自らを神と称してヴァルはくつくつと笑う。
『正直に言おう。ユウの中で目覚めたばかりの我ならば、ここまで深入りすることはなかったであろう。共に時間を過ごす間に我も変わったのだ。今なら魂を差し出したリザの気持ちが理解できる。他者のために自己を犠牲にする、なんとも美しく儚い感情であるか我は知った。我はこの出会いに感謝している』
「ああ、そうだな……。僕もヴァルと出会えて心から良かったと思う。次に会うときは僕が死ぬときか?」
『その通りだ。ユウ、最後にひとつ頼まれてほしいことがある』
「なんでも言ってくれ、僕にできることなら何でもする」
『我の妃たちを頼む、我が目覚めるまで彼女たちを守ってほしい』
「お安い御用だ。お前が目覚めるまでの間、僕が必ず守ってみせる」
ふっ、とヴァルは笑った。
『また会おう、ユウ・ゼングウ』
「ああ、また会おう。ヴァルヴォルグ……僕の相棒よ」
ヴァルと約束を交わした僕は、レイラの唇に口付けをする。体の芯からリザの魂がレイラの体に流れ込んでいくのを感じる。
少し体が軽くなった気がした。リザの魂はもう僕の中にはいない。
「ヴァル?」
唇を離してヴァルを呼んだ。返事はない。あいつは深い眠りに付いてしまった。
――最初から最後まで、お前は良い奴だった。ありがとう、ヴァルヴォルグ。
そして、ヴァルと交代するようにレイラの眼が開き、目を覚ました。体を起こした彼女は周囲を見回している。
「おかえり、ラウラ」
状況が理解できずにいる彼女の手を握りしめて僕は言った。
「……私は、死んでいたのか?」
「ああ、でもヴァルとリザが助けてくれたんだ」
「……そうか、この温かさはリザの魂なのだな」
ラウラは確かめるように胸に手を当てる。
「ユウ・ゼングウ……」
僕とラウラの前にアナスタシアが立つ。僕は立ち上がり、彼女に深く頭を下げた。
「アナスタシア、その……許してください。僕はどうしてもラウラを生き返らせったんです……。あんなことを言って申し訳ありませんでした」
アナスタシアは頭を振る。
「いいや、気持ちは分かるんだ……、かつての自分を視ているようだった。愛する者がいれば誰でもああなる、それが正常な反応なのだよ。それを差し引いても私は感謝している。キミたちのおかげで旅を終えることができた。ありがとう」
「アナスタシア、これからどこに行くんですか? 良かったら僕の国でグランジスタたちと一緒に暮らしませんか?」
アナスタシアは再び頭を振った。
「ありがとう……。しかし、しばらく何もしたくないんだ。誰にも会わずにひとりでひっそりと自堕落に暮らしたい。それに飽きたら遊びに行かせてもらうよ」
「そうですか……、待っています。どうかお元気で」
アナスタシアと握手を交わし、「キミもな。それじゃあ、またね」と告げて彼女は転移魔法で姿を消した。
「帰ろう、僕らの家に」
「ああ、帰ろう。私たちの家に」
僕はレイラと手を繋いで歩き出す。




