第241話 大罪
炎が噴き上がり、聖剣エイジスから雷撃が迸る。
圧倒的だった。
まさにワンサイドゲーム。いや、これはもうゲームでもバトルでもデュエルでもない。事情を知らない者が見れば一方的な虐殺だ。
これが本来の極刀の力、それともレイラの真の実力なのか? どちらにしても人の域を超越している。
「お前……、あんなのをあと二人も相手にしていたのか?」
『その通りだ』
ヴァルはさらりと言ってのけた。
三英雄の鳴弓と弦槍がどれくらい強いかなんて知らないけど、少なくとも極刀と肩を並べるくらい強かったはずだ。そんな連中と一対三で戦うなんて無理ゲー過ぎる。勝ち筋がまったく見えない。
「初めてお前に同情したよ」と僕は乾いた笑いを漏らしていた。
『今のアルデラが弱い訳では決してない。かの者は我の力を十分に引き出している。魔神ヴァルヴォルグ其の物といっても遜色がないほどだ。もしもレイラ・ゼタ・ローレンブルクが単体で挑めば数分と掛からず殺されていたであろう。また、本物のオミ・ミズチが戦っていたとしても単体では勝つことはできない。あのふたりが互いの力を相乗させることで驚異的な力を生み出している。まるでふたりでひとつの意思を持った生命体のようだ。親和性の高さが異常だ』
いつになく饒舌なヴァルは続ける。
『また、ここまで圧倒できた要因は、ユウとアナスタシアが与えた攻撃のダメージの蓄積があったからだ。回復魔法で傷が癒えたとしても目に見えないダメージは蓄積され、体力は低下していく』
「……ああ、ヴァルが毎晩遊び歩いていたときは毎朝そんな感じだったよ」
僕がおざなりに皮肉を込めて言うとヴァルはくつくつと笑った。
いつも淡々としていてニヒリスティックなあの魔神ヴァルヴォルグが声を出して笑ったのだ。こんなことはヴァルと一緒になってから始めてだ。
『ユウからアナスタシア、そしてレイラ・ゼタ・ローレンブルクとオミ・ミズチ、これほどの者たちと連戦ともなれば、この結果は必然である』
そしてその時は来た。
ついにアルデラの巨体が沈みクレーターに墜落する。土埃を上げたアルデラは見るも無残に八つ裂きにされて焼き尽くされている。全身が炭のように黒焦げの状態だ。
ラウラがアルデラの傍らに降り立った。
風化するように魔神の躰が崩れ始め、灰の中から仰向けに倒れた少女が姿を現す。纏っていた外装と同様に黒焦げの状態である。
エイジスによってアルデラの手首が切り離された。この距離では正確なことは分からないけど、おそらくアルデラは転生魔法で逃亡を図ろうとしてラウラに阻止されたのだろう。
僕が奴の立場ならきっとそうする。
そして、何かを告げたラウラによってアルデラは胸の真ん中を貫かれる。少女の体がびくりと痙攣し、片手を空に向かって突き上げた。
その行為が僕には、アルデラが自由を掴み取ろうとしているように見えた。
やがて魂が抜けるように伸ばしていた腕が地面に落ちて、完全に動かなくなった。
アルデラは死んだ。だが、奴は復活する。そのことを早く伝えなくてはならない。
クレーターの傾斜を滑り落ちて走り出したそのとき、
『ユウ!』
ヴァルが声を上げた。足元で何かかが瞬く。小型の魔法陣が展開している。踏みつけると同時に起動した魔法陣が爆発して僕の左足を吹き飛ばした。
――これはアルデラか!? いつの間に!!
不測の爆発音にラウラが振り返る。
「こっちを見るな! アルデラは復活するぞ!!」
叫んだ直後、アルデラの腹部の口が開いた。触手みたいな舌が彼女の胸部を貫く。心臓を抜き取ってそのまま腹の口へと運んでごくりと呑み込んだ。
眼を見開いたラウラの意識が徐々に薄れ、途絶えていく。体が倒れていく。
「ラウラ!?」
片足を失ったまま僕は地を這うようにラウラに駆け寄り、彼女の体が地面に落ちる寸前で抱きかかえた。
「そんな……、ラウラ……眼を開けてくれ!」
彼女の口から血が溢れ出して零れていく。呼びかけても反応はない。まったく動かない。眼を開けない。
「……あ、あああぁぁっぁぁぁぁぁぁッ!!!」
今まで張り詰めていたものが切れてしまった。
今までなんの為に戦ってきたのか、誰のために戦ってきたのか、なぜ僕だけがこんなに苦しまなければならないのか――。
「あ……ああ、ぐぅがぁががっ!」
視界が黒く染まり、まどろんでいく。全身を黒靄が吞み込もうとしている。
それはすべてを黒く染める歪な力、その力には抗えない。抗う気力もない。
僕はただ欲望のままに往きたい。
――何度殺せばこいつは死ぬんだ?
『ユウ! 抑えろ! 我の力に摂り込まれるな、このままでは暴走する!』
――ああ、そうだ……。何度も蘇るというのなら喰ってしまえばいいんだ――。
欲望という名のベクトルが僕を呑み込む。
黒い瘴気に全身が覆われて姿を変えた僕は、獣のようにアルデラを貪り喰っていた。




