第238話 対魔神戦3
アナスタシアと一緒に水の球体で包まれたアルデラを同時に転移させた。
跳んできた場所は港町アイザムの北の荒野にある《地竜の穴倉》、かつて魔神ヴァルヴォルグと三英雄が激突した際にできた巨大なクレーター、その縁に僕とアナスタシアはいる。
意図してここへ跳んで来た訳じゃない。そんな余裕はなかった。
咄嗟に転移した場所がここだった。
アルデラの姿はクレーターの底にあった。魔神ヴァルヴォルグの形を保っているが、横たわったまま動かない。
四肢が千切れ、おびただしい真紅の血が赤茶けた大地を染めている。あれだけの爆発を受けて原型を留めているのは驚異的だ。だが、この距離でも解る。完全に活動を停止している。アルデラは死んだのだ。
つまり僕たちは――、
「勝った……、ついに……勝ったぞ……」
アナスタシアは声を震わせた。立っていられず腰が砕けた彼女はぺたりとへたり込む。
「長かった……、長かったよ……、途轍もなく長い旅だった……。でも、勝った……、ライゼン……、勝ったよ……、ついに勝てた……もう、戦わなくていいんだ……。これでもう解放される……」
繰り返されるアナスタシアの言葉に僕は勝利を確信する。
「……勝ったんですね。あのアルデラに……、やったんだ……。僕はじーちゃんの、自分とラウラの仇を取ったんだ……」
アナスタシアは微かにうなずいてから、静かに顔を上げて瞳を閉じた。溢れ出した涙が頬を伝って流れていく。
風を感じるようにゆっくりと空気を吸い込み、彼女は口を開いた。
「ユウ・ゼングウ……、アルデラに勝てたのはキミのおかげだ。今まで大切なことを伝えられず、すまなかった。でもこれですべてが終わった。何もかも話そう、今まで何が起こっていたのかも、これまで私がしてきたことも、全部……」
「アナスタシア、あなたは何度も時間をループしていたんですね。アルデラを倒すために」
「ああ、何度も何度も気が狂うほどの時間を繰り返してきたんだ……」
彼女の声には〝感慨深い〟なんて一言では言い表せないほどの重さと想いが籠っていた。
「約束は守ったよ、ライゼン……」
「約束? そういえばアイザムを発つときもそんなことを言っていましたね」
聞き返すとアナスタシアは目を閉じたまま微笑んだ。
「長い時間を繰り返して心が折れそうだったとき、私はライゼンにすべてを打ち明けたんだ。ライゼンや仲間たちが殺されること、たったひとりで運命を変えるために何度も同じ時間をループしていることを、そして平行世界の孫であるキミのことを……、同じ世界にユウ・ゼングウという血縁上の孫が来ていることを」
「じーちゃんはなんて?」
「ライゼンはキミに会いたがっていたよ。キミの話をすると毎回、あいつは少年のように目を輝かせるんだ。自分が死ぬと聞かされた後だというのに、そっちのけでね」
アナスタシアは苦笑する。
「それがきっかけだった。ライゼンに事実を告げて以来、行き止まりかと思えていた事態が好転した。ルートが開かれたいように先に進めるようになった。しかしライゼンの死の運命だけはどうしても変えることはできなかった。ライゼンはどうあってもあの時間にアルデラに殺される運命にあった……。私は自分と仲間たちが生き残れるルートを作り出すのがやっとだった……」
話がそれてしまったな、と彼女は呟いた。
「ループする度にキミのことを話すようになってから、死に際にライゼンは必ず私にこう言うんだ。『俺の孫をよろしく頼む』と」
アナスタシアはどこか寂しそうであり、どこか嬉しそうな複雑な笑みを浮かべた。
「ずっと一緒に旅をして時間を過ごしてきた私なんかよりも、あいつは会ったことも見たこともない孫の心配をするんだ……。まったくひどい男だと思わないか?」
眉根を寄せてはにかんだ彼女に、僕は軽く頭を下げて謝罪する。
「じーちゃんは空気が読めないところがありましたからね、すみません」
「キミが謝ることではないだろ。さて、アルデラの死体を完全に処分してしまおう。キミの時空転移魔法でバラバラに分断できないか?」
僕は首を振った。
「すみません、今の僕に残った魔力ではあいつの指先くらいしか削れません」
「そうか、残念ながらわたしもほとんど空っぽだ。それなら勇者レイラに――……ッ!?」
何かに気付いたアナスタシアはアルデラの死体に顔を向けて目を見開かせた。
僕も彼女に続く。
「まさか……」
僅かに動いた。胸部を動かしてアルデラが呼吸している。
「そんな……完全に死んでいたはず……、生き返ったとでもいうのか!?」
アルデラの体から光が瞬いた。




