第236話 対魔神戦2
「ここから先は私とお前にとっての未体験ゾーンだ」
アナスタシアはアルデラを見据える。その表情は氷のように冷たいが、瞳には煉獄の業火が揺らいでいる。
眼下には無数の駆逐艦や巡洋艦が召喚されていた。おそらく海外の艦隊だ。僕が召喚した何倍もある。四方八方が軍艦で覆い尽くされている。
現在、巡航ミサイルを皮切りにすべての砲身がアルデラに向けられ、絶え間ない斉射が繰り返されている。
圧倒的だ。轟音と爆炎の連続でアルデラの姿さえ見えない。
でも、なぜアナスタシアは僕が生み出したばかりの魔法《孤軍艦隊》を使える?
それになぜ彼女がこっちの世界にいる? 一体どうやって移動してきた?
彼女がこの瞬間を待ち構えていたのは、間違いない……。
すべてが彼女の描いたシナリオ通りということか。
「――っ!?」
様々な疑問が頭を巡った直後、左手に疼痛を覚えた僕が手を開いて見ると、ナイフで切ったように線上の傷が刻まれていた。切り傷に沿って血が滲み出る。
「これは……」
この傷は雷帝パーティがアイザムに凱旋したその夜、ライゼンの遺体の隣でアナスタシアによって刻まれたもの――。
「……そう言うことだったのか」
あのとき、互いの掌を合わせて行われた契は、聖剣エイジスと僕の魂をリンクさせるためではなく、本当は僕とアナスタシアを繋ぐための契だったのだ。
これは互いを共有する魔法。
だから彼女は僕を追ってこっちの世界にやってくることができた。
だから彼女は《孤軍艦隊》が使えた。
すべてはあの夜からアルデラを倒すために、この日のために、この瞬間のために準備していたのだ。
艦隊から間断なくミサイルが発射され砲弾が貫き、アナスタシアの攻撃ターンは続く。
それだけではない。アナスタシアはさらに《孤軍艦隊》を展開させた。艦船の間を埋めるように新たに召喚された空母から戦闘機が次々と発艦していく。
僕の総魔力の半分以上を消費する《孤軍艦隊》を二度発動させても、彼女の全身に纏う魔力は衰えを感じない。
無尽蔵の魔力とも思えるアナスタシアが重ね掛けした《孤軍艦隊》には、過去に存在した戦艦や駆逐艦の姿まである。
彼女は戦闘中に魔法をヴァージョンアップさせているのだ。もうこれは僕の生み出した《孤軍艦隊》ではない、さらに高次元の魔法へと昇華させている。
信じられない……、これが《双極》アナスタシア・ベルの実力なのか、レベルが違いすぎる。
ついに宙に浮いていたアルデラの体が沈み始めた。
魔神の巨体はズルズルと落ちていき、巨大な水溜りに落ちていく。いつの間にか大量の水が街を呑み込んでいた。市街地のど真ん中に存在するはずのない湖が出現している。
この水はアナスタシアの魔法によって生み出された湖だ。壁もないのに街を呑み込む水は円柱状に直立している。
水面に浮かぶ駆逐艦や僕が召喚した護衛艦の甲板からミサイルが発射され、水中へと潜っていく。ミサイルが水中を一直線に潜航してアルデラに向かって走り、着弾して水柱を上げた。舞い上がった水が辺り一面に豪雨のように降り注ぐ。
「くふッ」
アナスタシアは唇を三日月のように湾曲させた。
「くふふッ! くははッ! くはははははははッ! 痛快だ! あのアルデラが手も足も出ないじゃないか!? わたしたちをあれだけ苦しめてきたあのアルデラが! まるでただの木偶人形ではないか! ああ、この世界は素晴らしい!! もっと! もっとだ! もっと火力を! わたしに火力をよこせ! 火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力火力ッ! もっと、もっと、もっともっと!! あいつもぶちのめす火力をッ! このわたしにッ!!」
――満月の浮かぶ宙が瞬いた。
夜空に展開した魔法陣からアルデラの頭上に向かって上空から落ちてきたのは、ずんぐりしたフォムルのミサイル、今までのミサイルとは形状が明らかに違う。
――あ、あれは……、まさか原爆? いや……、水爆か? ヤバい! ヤバいヤバいヤバい!! あれをこの街に落とす訳にはいかない!!
アルデラは水中にいる。あの水は魔力で生み出されたものだ。もう魔法障壁のバフは切れている。
着弾する直前に時空転移魔法の殻でアルデラの体を覆え! 転移先は宇宙だ! 絶対に宇宙ッ! 宇宙宇宙宇宙うちゅううちゅーッ!!
テンパリながらも僕は爆弾がアルデラの体に迫ったその瞬間、時空転移魔法の殻でアルデラと爆弾を同時に覆った――、世界が静止する。
殻の内側で爆轟が起こって黒球にひびが入り、隙間から光が漏れてはじめる。
まずい!? すべてのエネルギーを転移しきれない!!
「アナスタシア! 奴の体を水で覆うんだ!」
鬼気迫りひっ迫してガチで焦る僕の表情に何かを察したアナスタシアは、こくりと頷いた。すぐさま魔法を発動させる。亀裂の入った黒球をアナスタシアの生み出した水の球体が包み込んだ。
「僕の手を掴んで!!」
僕はアナスタシアの手を掴んで握りしめて再び異世界へと跳ぶ。




