第233話 切
「上位の神……、つまりあんたはそいつを殺したいってことか?」
アルデラは何も知らない小童を哀れむように首を振った。
「無駄じゃ、殺せはせぬ。創造神はわしらの手の届かぬ場所におる。じゃが一矢報いることはできる。世界の破壊は神に対する畏怖、恐怖、憤怒、挑戦、叛骨、それぞれの感情と関係しておる」
首を傾けたアルデラは僕に問う。
「おぬしはなぜ神がヴァルヴォルグを作り、世界を作らせたか考えたことがあるか? いや、少し違うの……。ヴァルヴォルグをそう設定したに過ぎんから世界を構築したのも、やはり上位の神ということになる……」
アルデラは僕のことなんてお構いなしだ。最初から会話や交渉や譲歩する意思なんて存在しない。そう宣言するように独白を続ける。
「神がどれほどの情熱を持ってこの世界を創造したのかなど知る由もなく、ひょっとしたらただの気まぐれかもしれん、退屈しのぎかもしれん。神が気まぐれで始めたこの世界は、神の気まぐれで終わるかもしれない。最悪の場合、終わることなく終わるかもしれぬ……。終わることなく終わった世界を想像できるか? わしらはどうなっていると思う? 消えてしまうのか、そのまま時が止まったかのようし停止するのか分からぬ、恐怖! 分からぬから許せない、憤怒!」
狂気の眼を爛々と輝かせたアルデラは、自然光が降り注ぐ吹き抜けの天井を仰いだ。
「神が勝手に物語を始めてしまったのならば仕方ない! ならばわしが終わりを決める、挑戦! わしが物語を終わせる、叛骨! そして、この世界に住む生きとし生ける者を救済する……」
「……救済だと?」
「いつ消えるか分らぬなど不安であろう? わしはそれを取り除いてやるのじゃ、すべてを無に帰す。最初からなにもなかった状態に戻す。なにもなければ恐れを抱く必要もない。なにも感じずに済む」
「誰もそんなことは頼んでいない。消えるならお前ひとりで消えろ」
「この先に死よりも恐ろしい結末が待っていたとしてもか? そう結末じゃ……、《魔導大全》は結末ではなく解放なのじゃよ」
「悪いが、あんたの妄想に付き合うつもりは毛頭ない。これ以上続けるようならこれで帰らせてもらうぞ」
反応を示さずアルデラは続ける。
「魔導大全の発動には超大な魔力が必要になる。それには自らが人智を越えた存在になる必要がある。この世界においてそれは上位神が神として設定したヴァルヴォルグに他ならない。魔導大全が発動すればわしも消えてしまうから、悔しがる神の顔を拝めないのが口惜しいがのぉ」
「めちゃくちゃだ……、お前は狂っている」
くつくつとアルデラは嘲る。
「すべてが狂えば、それが標準となる。さて、先ほどの質問に戻ろう。右腕はどこにある?」
「答えはさっきと同じだ、クソ野郎」
「くかかっ、ならばあの日の続きをしようではないか。おぬしはわしとの約束を守り生まれ変わって出直してきた。褒美に一太刀受けてやろう。さあ、来い、力を見せよ」
アルデラは無防備に両手を広げてみせた。
完全に舐められている。
雷帝までとは行かなくても、今の僕はグランジスタよりも強い。
いくらアルデラが規格外といっても魔人族だ。無防備な状態なら剣は通る。一太刀で体を両断すれば、いくらアルデラでも生きてはいられない。
油断している今がチャンスか? 支援職のヘンリエッタ先生もいる。ここでアルデラを倒せるなら倒しておきた――、しかし今の僕は片腕だ。普段と体幹のバランスが異なる。いつもと同じように剣に重さを乗せることができるだろうか……。
冷静になるんだ。レイラもヴァルもいないこの状況で戦うのは危険だ。
万全の状態で挑まないと前世の二の舞になってしまう。どうにかこの場から生きて逃げる手立てを考えなくは――。
「あの女も転生しておるのじゃろ?」アルデラは言った。
「――ッ」
僅かな筋肉の強張りを奴は見逃さなかった。
「くかかかッ! 図星か! 分り易いのは生まれ変わっても相変わらずじゃな! それでは探し出してまた喉を潰して殺してやろう!!」
僕は聖人でもなければ出来た人間でもない。我慢ならないことは我慢できず、許せないことは許せない。
「ぶっ殺す!!」
完全にブチ切れた僕はアルデラに斬りかかっていた。
瞬時に距離を詰めてアークライト流剣術《紫電一閃》を放つ。それはアルスと戦ったときに放った一撃を遥かに凌駕する最速の一撃。エウロスの刃がアルデラの肩に喰込み、胸まで切り裂いた。




